2018.6/4

「もうこれ好き嫌いの範疇じゃなくね?」っていうくらいに全く良さを見つけられない音楽を聴くと、玉置浩二さんの遅いテンポの曲を聴いて気持ちを落ち着けている。最近だと『闇をロマンスにして』が多い。浄化である。ただ昨日はそれも出来ないほど耳が疲れてしまい、眠るまでずっと音が鳴っていてげんなりした。バンドだからというか、アコースティック編成ではないからというか、ある程度の音量は必要だし欲しいけれど、それっぽいだけで有象無象の爆音バンドは耳を轟死させるだけの迷惑な存在である。ただ、爆音であることが良いものも、当然ある。だから、せめて耳に痛くない範囲での最大音量であって欲しい。もしくは耳をつんざく音でくだらんことをする目的を教えて欲しい。
 大きい括りで同じ界隈にいる人たちと意味・無意味、必要・不必要の定義の仕方、求め方がずれすぎている気がしてならない。

 良い音ってどんなだろうと考えてみると、水風船を触ったときの、柔らかいけれどゴムのハリのある反発感とかその中の水の気配とか、なんだかよく分からないけどそういうの、芯のある柔らかさというのかな、というイメージかしら。例えを水風船で続けると、つい手で揉んでいてしまうあの感じ、あんまりいじくると破れてなくなっちゃうんだけど、手持ち無沙汰を解消してくれるような、飽きるとか飽きないとかじゃない、分からなくなってきたな、まあプリッとしてる音っすね。各々が音へのイメージを持ち、それを鳴らして音塊にするのがバンドで、だからこそ極端に難しく震えるほど楽しい。現段階で全くもってその域に達せていない。自分の理想とする音も鳴らせていないし、それも当たり前に日々変わっている。
「理想のベースの音はこう、ギターの音はこう、ドラムの音はこう、ただこのバンドではこう、この曲ではこう!」というだけなんだけど、極力エフェクターを使いたくないと思うと、道行が険しい。一生付き合えて良いね。
 精神論は実行に移さない場合、無意味なゴミに成り下がるので気をつけなくてはいけない。

 個人レベルでバンドのために達成しなくてはいけないのは、体調によって歌が左右されないようにするという一点。練習や曲作りは前提、緊張や高ぶりで頭が真っ白になっても最低限演奏できるのも前提。それは、というかそれも延々に続く。なので、頭痛や乗り物酔い、気圧などの影響で音が分からなくなることを、何とかして無くさなくてはいけない。良い音で良い音楽がしたい!!!聴きたい!!!

 当たり前のことか「意味分からな」って言われそうなことしか書いていない気がする。ただ自分も含め当たり前のことを、聞きすぎて当たり前なんだと認識しているだけで本当は知りもしない・出来ていると思っている、というのが少なくない気もする。いや、でも、だいたい人に伝わらない「意味分からな」ってことだけが当人にとって当たり前なのか。いや、よく分からん。

 今日はスタジオ練習。またも空き時間があり、コーヒーを飲みながら手巻きを吸って、時々『雨月物語』を読んだ。
 恒例スタジオ後の手巻き、それぞれ道具が揃ってきて楽しさが増している。好みが細かく違うから、感想を聞くのも面白い。

 笑い過ぎて呼吸が止まるタイプの食事を満喫し、外の喫煙所で一服。ペーパーの差で味がかなり大きく変わる。ここ最近の和気藹々で1人になったときの虚脱感に耐えられない。ほぼ麻薬。死ぬまで過度に摂取しよう。