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 別に本なんて読んでも読まなくてもいいよなって割と心底思っているが、本を読むことの楽しさは何とも代えられず、これから先、本のない人生を送るとするならば、おさらばしたいほどには好きで、こういったものが一つあって良かったとも思う。そういうものが、いくつもあるというのは、なんと素晴らしいことか!
 さくさく読める対談本と腰を据えて時と場所を選ぶ小説と何度も同じ箇所を読み返すタイプのインタビュー本を読みたい気分になっている。へたなバイト店員よりも訪れる回数が多いはずの本屋でロベルト・ボラーニョの『2666』をぱらぱらしてみると、予想と違い二段組で、その量にくらっとして、読みたい!と思い、7560円ということで、そっと本棚に戻した。こういった行為を重ねていって、我慢ならない状態になってから買おう。まずは家にあるままの本を、予感の赴くままに読もう。ただ歌集は何冊か欲しい。禁断のBOOK OFFへ行くか否か。二十五冊くらい自宅在庫を増やすか否か。そこら中にある本はいつか読まれる、そのいつかは確実に訪れる、それがいけない、いけなくない。
 分厚く文字が小さ過ぎず六〇〇頁、七〇〇頁くらいの小説を読みたい。休憩に他の本を読む気も起きないようなものを読みたい。

 それでLAVAZZAのQUALITA ORO BIANCOをタイガーのコーヒーメーカーで淹れて、コルヴァニを一本、『読書の日記』とともに摂取して、日記やエッセイと呼ばれるものは自分が書くものと似た文体のものを求めていて、小説はそうではないということに行き当たって、原因は全く分からないが自分にとって考えるべき何かが潜んでいそうな気配が様々なところにあり、その解決の糸口とはなんぞや。数ページ読んで楽器を数分弾いて本に戻って楽器を取ってというのを際限なく繰り返している。一つの物事に集中できない憂うべき体質、習慣、怠惰?が性に合っている。全部同時にしていればいい、滞らないことが何よりもの優先事項で、それでいい。

 カラムーチョが美味しくてびっくりする。六枚くらい食べると、それが朝でも、歯磨きをしても、わりとずっとカラムーチョ的ガーリックの気配に付きまとわれること以外とてもいい。業務スーパーで買った棒状のチョコレートも美味い。業務スーパーで買い物をすると、カゴの中にある個数にしては安いなと思うときと「うっそ、業スーでしょ?」と思いながら高めの支払いに驚く日があり、それは結局、お菓子やジュースを買っているか食材を買っているかの違いによるものでしかなく、業スーは何一つ変わらず、俺が悪い。たまに他のスーパーでも見かけるものがかなりの安値で売られていて、なんかもうこえーよと思いながら、お得感に釣られて買うこともなく、なんかもうこえーよと思いながら家に帰る。

 本棚を横にずらすと、茶室の入り口みたいに腰を屈めて通れる穴があり、その奥は暗闇で、真ん中に単二電池三本で動く暖色の電灯がぶら下がっている。机も座布団のようなものもなく、うっすら土の匂いがする。掘り返したばっかりの土の匂いがする。深くゆっくり鼻から空気を吸い込むと、鼻の穴のふちが湿るような感触があるが、指先で触れると少しも濡れておらず、やっぱりふっくらした土の匂いがする。スイッチを押し込んで灯りをつけてから、本棚を元の位置に戻すと、高速で上るエレベーターに乗っているときと同じような圧を耳の奥で感じるが、そんなことはなく、何故なら、外に灯りが漏れない程度の密閉度で、その程度の変圧で人間の鼓膜は反応しないからで、そうだよと思いつつ唾を飲み込むと鼓膜がくいっとして、この程度の密閉で変圧を生むことにまず驚いた。それから頭をぶつけないように寝転んで、揺れたままの電灯を睨んでみる。一瞬なにかの影が横切ったように見えたが、光源を見つめているから横切るのは影ではなく本体で、でも影が横切ったように見えたが、何も横切っておらず、というのはここは生物が生きられない場所で、ここでは俺だけが呼吸をしている。
 向こう側から本棚に収まった本に触れる音が聞こえる、意外にもくぐもった音ではなく、だいたいどの位置のどの本を手に取ったのかが分かった。おそらく、カミュの異邦人で、それは俺が五ページも読んでいないままの本で、誰がその本を選び取ったのかは分からない。隣室、四〇三号室に住むいがいがした老女かもしれないが、彼女は去年の冬に肺炎を患い、拗らせることもなく死んで、俺はそれは知らないはずだが、とにかく彼女は隣室にもういない、入れ替わるようにそこに住むようになった、こんな狭い部屋に毎月42000円も払っている若い男は、引っ越してきた初日に机の角を壁にぶつけ、俺は拳で壁を叩いた仲で、だから彼はこの部屋に入ってくるはずもなく、だから誰が異邦人を手にしたのかは分からないままで。
 電灯の揺れがいつまでも緩まず、恐ろしくなってきた。もうそろそろ止まってもいいはずなのに、止まることなく緩まってもいない。いっそのこと灯りを消そうかと思いながら体を起こすと、また誰かが本を取りに来た。足音からすると上階に住む男かもしれない。彼は夕方と朝早くにどかどかと歩き、重い振動を階下の俺に伝える、俺はそれにタオルを巻いた物干し竿を突き上げ当てることで答えてやる。彼と俺はそのような仲で、だから彼はここへ来ることもあり、それなら彼だろうと思ったが、掴んだ本は芥川の短編集で鼻やら地獄変やらが入っていて、それは彼には似つかわしくなく、似つかわしくない本を読むことはいけないことではないので、それを、芥川の短編集を彼は手に取ったはずで、でも俺は鍵をかけてチェーンもかけたから、誰ひとりこの部屋に入れる者はおらず、その本を取ったのは彼でもなかった。