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 かっこわるいしダサいことかもなあと思いながらも、誰か助けてください、導いてください、とずっと思い続けて、多分、そういうのを求めて絵や映画や写真を観に行っていて、あてもなく歩いて、誰か読むかもしれないとうっすら思いつつも誰にも向けていない文章を書いて、絵を描いて、写真を撮って、小説を書いて、曲をつくって、でもそれ本当に?とも思って、よく考えると、ただそうしたいからというのも当然あって、わりとそっちが大きくて、結局よく分からない。
 それでも、誰か何かを求めているのも確かで、その結果金銭を得たいとか、成功したいとか、そういうのじゃなくて、ただただ健やかな日々を得たい。
 本が読めなくなったり音楽が聴けなくなったりすると特に、誰か掬い上げてくださーい!誰かー!と思う。それで今ちょうど、本が読めなくなっていて、若干音楽を聴きづらくなっていて、いつも通り思い始めたので書いている。

 田中司郎さんの『愛が挟み撃ち』を読み終え、同じ書店で買ったのに、去年の夏から何度も放り出していた宮地尚子さんの『傷を愛せるか』をすんなり読み終えたところ、本が読めなくなった。途中で何回も投げ出しては読み直したり、期間が空いても途中から読み進めたり、なぜかすらっと読めなかったけれど、折にふれて読み返したくなるだろう掌編をいくつか発見し、読書に関わる諸々を改めておもしろく思った。
 でも多分きっとこれは、ここ最近に旅を二回したことといくつか展示会へ行ったことと映画を十何本観たことと新しく聴けるようになったいくつかの音楽が原因で、一旦それらを通して溜まったもの何らかで吐き出しなさいという体からの命令で、だからこれ以上何も入ってこないように勝手に体が蓋をしていて、と思い込もうとして、しばらく書いてなかった小説を毎日4000字書くことにして、数日おきに休みを挟みながら書いて、今92000字で、あと少しで終わる気配がある、と書きつつこれを書いて96000字、あと四回か五回で終わりそう。120000字くらいで終わって、そこから98000字に削って本当にお終いという気がしている。どうなるかな。
 今まで書いてきた、小説を書くぞー!と思って書いたものって多分500000字もなくて、だからここらで一回、今までの総字数を超える一つの小説を書かかなければいけないのかもしれない、と思い始めている。
 どうしてそう思うかは分からないけれど、ひしひし感じている。そして、おそらく頭だけでは書けないので、意識的な運動なりなんなり、同時に始めるのが良さそうだと思う。

 間接的にその物事に関わっている人で、女の人で、でも男っぽいとも女っぽいとも感じない人で、メンターのような人と出会いたいと、『傷を愛せるか』を読んで思った。ソウルメイトと呼べるような人。ああ、この人を探してたのか、と思える、勘違いできる人。
 そういう人に出会うために、虚しさを抱えながらも何とか生きていくのだと考えると、修行修行、と思えて良い。その道が正しいか間違ってるか、そうは言っても本当はどうとか関係なく、それでいいんじゃない?、それは違うんじゃない?と言ってもらいたい。
 でもそれは、楽をしたいって気持ちの、都合のいい解消法を探しているだけかもしれず、だけど考えてみると、結局その言葉に従うか従わないか、従うとしてそのままでいくのか工夫するのか、従わないとしてどう従わないか真逆にいくのか、と考えることは減らず、というか一つ指標があることで余計に考えることになりそうで、で、そこまで考えてもやっぱりそういった人と出会い気持ちは変わらない。実際のところどうかは分かんないけど。

 たまに、身体は男だけど、なんとなく女の人として女の人のことを好きになっているのかもしれない、と思うことがあって、でも日によって感覚が違って、一体どういうことなのーと思いつつ、呼吸とかと一緒で意識し始めると変になるだけで、頭で何も考えていないときの身体のことを思い返すと、やっぱり日によって違う気がして、なんなん?って気分で、他の人はどんな感じなんだろうと気になる。

 小さい喫茶店や狭いカフェで、この店でもよほどのことがない限り隣に人が座ることはないなって席があると思うんだけど、そういった席に座れた日は馬鹿みたいに嬉しいなーと思う。大したことでもないんだけど、広くないけれど落ち着く店で、さらに自分専用みたいな空間が生まれることに喜びを感じてしまう。

 というわけで調子を取り戻し、というか好ましい状態に戻り、一年半前か二年前に買った日野啓三さんの『書くことの秘儀』を読み始めた。これも『傷を愛せるか』と同じく何故か読めずに何度も読み始めている本で、ただ、今はごりごり読める。ハロルド作石さんの『RiN』を読んだからかもしれない、あ、『RiN』読んだから『傷を愛せるか』も読めたのか。多分。
 それで今俺は、狩猟採取時代からの繋がりがある人と出会いたいと強く強く望んでいる。