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 美術館行ってでっけえ絵を観てーよーって気分がちょろっと続いてる、サイズに関係なく直接観たい。
 歩きで一時間以内の場所に良い美術館があるといい、同じ絵を何日かに渡って観続けたいし、中に入ってうろうろしてから何も観ずに帰りたい。

 俺のようなどこまでも凡庸で、普遍的でない人間が生きる術はこの世にはもうないのかもしれないが、理由や術がないまま生きていてはいけないこともないから、とりあえず、とにかく生きているという感じ、死んだあとのことよりも、死への境目までの時間を恐れている。

 三月は今のところ、3/29、106枚、3.6枚ペースで描けている、泊まりがけの用事がなく大きな怪我をしていなければ、死ぬまでこのペースで描いていられる気がする。見返すと、試行錯誤の跡があるわけではないが、分かる。それでも、ぼんやりしていると忘れてしまう。笑ける。
 何も足りないし、全て満たされていて、何かが入り込む余地がない、俺は気付いたときには完全に空っぽで、筒なのか壺なのかも分からないし、言ったことも言われたことも覚えていられない、酷いことを言われたときと、救われるような言葉をかけてもらったときは、同じ仕組みの働きが、どっか同じ場所を刺激から守ろうとしている。

 目が覚めるちょっと前から寝る寸前まで、何も思っていない時間が存在しない気がする。疲れることを恐れ過ぎている。回復するのに数日かかって、その間なにも手につかないから恐れているんだろうが、それにしても。
 朝目が覚めて、頭が痛くない日、死にたいと思っていない日、どちらもない日、そういう日を増やすことに労力を費やすこと。そのために、疲れないこと。俺が疲れることをし続けられる人が疲れることをし続けること。体の反応をよく感知して、言葉に直す。考えても何一つ分からないまま、小さな策を試し続けること。

 書かないと考えられないし分からないけれど、書き始めると考えていないことばかりで、もっとわからなくなる。でも書くのは何故か。

 作品が好きな作家の言葉がいいと、単純にとてつもなく嬉しい。意味が分かっても分からなくても、当人の正しさが滲んでいる言葉、綿毛みたいな。

 言葉を使わずに言葉を書くことができないことの歯痒さ、手元にある燭台の錆の濁った美しさ。
 決意や目標や夢のない継続は生きるために発生して、それでも決意や目標や夢にはならないし、してはいけない、片目が潰れた猿の話によると、室生犀星の詩を二の腕に彫った女の子のことを信じてはいけないらしい。彼女は必ず、想像もしなかった方法でお前を傷付けると猿は忠告してくれた。小さな赤いリンゴをやると、サンキューな、と言って毛繕いを待つ小猿のもとへ駆け寄った。
 明日から俺は、友人も知り合いもいない土地で、硬い砂を売って、ボロいが巨大な家で暮らすことになる。それは死んで数年で忘れられた建築家、確か、田島浩一という男に建てられた、家に対しては小さいが庭があり、俺はそこにホームセンターで買った建材で小屋を拵えた。家の中には胴の長い三本足の鳥が住み着いていて、彼らは、ここは俺たちが借りてるんだ、と言って、庭ならいいけど、と言ってくれた。
 硬い砂は一週間に一度、青いキャップのよく似合った男が運んで来てくれる。白いミニバンに乗った男は、家に着くとまずインターホンを押し、それから鍵のかかっていない扉を開いて、餌を空中に撒きながら進んでいく、俺は鳥たちの騒ぎを聞いて小屋を出るが、庭を歩いて男を待つ。
 毛繕いを終えた猿は金網のそばに戻ってきて、そういうば泉鏡花は読んだことあるか?、と言った。俺は、金沢だっけ?資料館か何かには行ったことあるけど、と答えた、彼はその答えに納得しなかったようで、鼻を鳴らして小猿の元へゆき、肩を叩いてどこかへ行った。林檎は二口だけ齧られて、小猿がいた場所に置いてあるが、既に蟻か蟻に似た虫にたかられていて、その赤色を目にすることはできない。
 砂の中には欠けた歯や血で固くなったのがある、まず俺はそれを取り分ける作業にかかった、庭に新聞紙を敷いて、ザルに砂を少しずつ流し入れる。鳥たちは縁側に座って、湯気の上がる茶を飲みながら、何してる、気持ち悪いぞ、と口々に何かを言うが、俺には何を言っているのかは分からない。
 田所の言うことには、あからさまに群青色の似合う男はかなり危ない、とのことだった、彼はそのとき濃いグレーのポロシャツにかき氷を溢し、何かに怒って店を出て行った。

 舟越桂さんの彫像を家の中に置きたい。中学生の頃か、『永遠の仔』を読んで、その表紙を切り取って眺めていた。彼のデッサンを山梨県で発見し、呼吸が乱れた。いくつかのポイントで俺は、彼の手から離れたものに導かれているような気になってしまう。今は彼の言葉が届く時期にある。
 そのような作家を何人も見つける。美術大全のような本を図書館で何冊も何冊も読み、特に何も見つけられないまま家路につくが、何かの拍子で出会った作家の言葉や作品から、分厚い本を開く前にあった疑問に対する、答えになっているのかも分からないメッセージを受け取る。