今月は、高原英理『リテラリーゴシック・イン・ジャパン 文学的ゴシック作品選』、山尾悠子『夢の遠近法 初期作品選 増補』、トマス・ピンチョン『重力の虹』、シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』に決定、というかもう触れない、考えない、でないと出発の寸前まで家の中をああでもないこうでもないとごちゃごちゃにしてしまう。
高原英理さんの本はAmazonのお急ぎ便で頼んだので明日届く、はず、そうでないと、俺は何を読めばいいか分からなくなっちゃう、あとは手元にあり、もう鞄の中にあり、「読んでー!」「読んで読んで」というわけでもなく読まれるのを待っている、そんな感じで、早く読みたい、読めばいいじゃんとしか思わないが、読まない。
しかし、ほとんどずっと雨が降るらしく、初の東北地方なのにと悲しい。福島県、初日いわき市内。
写真も撮り歩きたいのに、雨まじ嫌って感じ。が、雨降りの風景をまとめて撮る良い機会だと思い込み、歩き回ろう。
で、また写真をあれこれ考えて、何となく、浮気されてもいいけど相手のことを撮らないで欲しい、というようなことが思い付かれたが、それは結構切実に思い付かれたが、何かは分からないし、誰がそう思ってるの?って感触。何というか写真に対して畏れに近いものがある。それはでも山やらに対して抱くものとは種類が違うから畏れに近いと思っているのも間違いかもしれない。写真ってか、撮る行為にか。
何もかもぜーんぶ運だとすると、粛々と進んでいける気がする、何をしてもしなくても、何を考え考えなくても、何を言っても言わなくても、何とも一切関係なく、ただ思うままにしていればいい気がしてくる。したいことがあって、それをしない言い訳に、吐く系の偏頭痛と籠る系の腹痛以外は使わないでおこうと、今更、何度目かの思い直し、まじでそれしかないよねって、毎回強く思うということは、いつか、それしか考えらない!ってなるのかな、それは良くないが、とにかく、自分一人なら、まあまあまあ一旦動き出そっ、て具合に。
一ヶ月くらいめちゃ元気ってのが続いて、やっと落ち着いた、疲れたって感じか、ここから舵を切り間違えると多分、肩とか背中がすげえ痛くなってしまう、から、望むものだけごりごりごりごりごりごりしていよう。
それは今、本を読みたい!!、写真撮りたい!!だから、適当に真剣に、前後だけ考えて、溺れるように楽しんでいよう。
というように、いちいち文章化しないと分からない、し、余計に分からなくなる、し、文章化されることなんて一つもない、し、気配や雰囲気を書くことしかできない。
長い長い風景描写をしたい、あと交換日記。