2020.9/14-18

2020.9/14 静内エクリプスホテル
 早起きだからと、あちこちうろうろして早寝を防ぐが00:27に目覚める、うざーい。

 プレイリストをつくりつつ、踊り歌っていたら今日の体力を結構使った。

 初めての北海道にうきうきしているのだけど、兎にも角にも飛行機が恐い。
 ジェットコースターと同じように、自身の力の及ばなさが尋常じゃないものにはなるべく近寄りたくない、新幹線や船はもしものとき、仮に死ぬことが俺の知らない形で決まっていたとしても、事故後生きていればもがけるが、飛行機やジェットコースターはそういう余地がない気がしてしまうために怖い。
 屋上に登るとか、斜度のついた屋根の上で前転するとか、そういうことは確かに怖いのに楽しめる、のはきっと余地がたくさんあるからで、せめて飛行機はなんらかのパイプの中を移動して欲しい。

 バスとタクシーって酔う用につくられてるの?

 諸々が済んで、ぐったり疲れる。
 慣れないことは毎回初めてと一緒。

 鴨うどんを食べ、デカフェのアイスラテ、全然これでいいじゃん!

 ちょっとシェードを下げて離着陸の様子を眺める。
 失神するんじゃね、と思っていたけれど「すげー!きれー!」くらいで済んだ。

 初セイコーマート。
 ヘンテコでいい、念願のガラナはキリンのよりも湿布感が強い、が、慣れたら美味い。

 そこここに馬や牛がいて目にいい。
 広大な牧場にまばらにいるが、何を思っているのだろうか、さみー的なこと思うのかな、ひれー的なこと思ってるのかな、うめー的なこと思ってるのかな。

 ぶらぶら歩きセイコーマート。
 キリンガラナを探しているのだが見つからず、アイスラテ、北海道産牛乳ということで期待していたけれどコーヒーの方が駄目だった。

 ホテルの自販機にてキリンガラナを発見!、少し前に近くのローソンで買い込んでいたキリンガラナとは味が少し違うような、ペットボトルと缶で変わるなんてことあるかな。

 セイコーマートの前でアイスラテを飲みつつ煙草を吸い、近くの高校の陸上部だろう子たちが、きっと休憩中にもぐもぐ食べるものを買いに来ていた。
 そんなのを見つつ藤井風『さよならべいべ』を聴いていると、彼らが後輩であるような気がしてくる、私は静内で生まれ育って、今日、今、最後の煙草を吸っている、見飽きた光景、車の往来、ごちゃついた信号と横断歩道、ちらほらと見覚えのある顔、顔、顔、そんなような気がしてくる。

 涼しいとか肌寒いとかでなくて寒い。
 体頑張ってーって感じ。

 散歩。
 音楽にのりすぎて首や頭が痛い。

2020.9/15 ホテル浦河イン
 早めに眠り、3:07起床。
 だらだらしてからセイコーマートへ。

 小腹を満たすためとり五目と豚串、ちょうどいい夜食、それにしても寒い、薄いダウンジャケット羽織りたい。
 このままだと風邪ひきそうで、この時期そんな紛らわしいことは御免蒙りたい。

 延々3泊4日してたいね、家3泊どっか3泊どっか3泊家3泊と、家3泊で挟み込むように。

 昨日のところもそうだけど、海が近くて嬉しい。

 あれこれ整理して夕飯と朝食を買いに出る。
 朝はぱんぱかぱんのパン、夜はサラダチキンとおにぎり。
 ぱんぱかぱん、ルバーブのタルトも買って窓際の席で食べた、夕陽が雲の向こうから差し込む海を望める造りになっていた、いいとこだー。

 すぐ前のベンチに出て海を眺める。テトラポッドに砕けた波の低い音がお腹に響く、この辺りに住んでいる人は家の中でどれくらい聞こえるんだろう。

 昨日からずっと曇っていて、明日からは雨が降るらしい、からか頭が痛くなってきた。

 すぐそこのセブンでコアップガラナを発見し、セイコーマートが往復3キロ近いことを悲しんでいたのが消えた、ペットボトルのキリンガラナもあるし、今のところキリンガラナ、コアップガラナ、セコマのガラナの順で、この旅中にキリンガラナを超えるガラナにであいたい。

2020.9/16 めぐみ屋旅館
 当然3:04起床、もう駄目だー眠いーってなって寝ると早く起き過ぎて怠いな。
 午前中にはもう、朝目覚めて夕方まで動いた日と同じくらい眠くなるし。

 よろしくない食事の摂り方、ほとんど空腹感なく、何か食べたーいってのでカレーそばを食べてしまった。

 少し久しぶりに、はんてんさんの『飛んだ日』を聴くと南会津やいわきにワープした、ホテル入り口の喫煙所で煙草を吸いながら見る目の前の坂は、確かいわき駅前にあった坂と寸分違わず一緒だし、後ろにあるはずの海の気配は富岡漁港付近と同じ。

 そしてやはり寒い、服を調達しなくちゃと思うのだけど昼間の過ごしやすさのなかで忘れる。

 愛しさや大切に思う気持ちが強くなればなるほど、それを失う、かもしれない物事が持ち上がると思っていて、定期的にそのものを意識して低く見るということをしているが、もしくは自ら失う方向へ何歩か進んで戻るということ、ラブストーリーの摂取しすぎとそこから何も学び取っていないことが分かる、びびりすぎ、それがなくなった後のダメージを恐れすぎ、全部引き受ける気概がなくてはならない。
 非常にラッキーで生きているが、それほどハッピーな感じがしない、それぞれをハッピーだと思えないこともラッキーがあらゆるものを支えているからってのがあるけれど、とにもかくにも、自分自身をもう少し正当に評価したい、何においても低く見積もってしまうし、その低さを起点に考えると色んなものがしょうもなく思えてくる、それが何から何まで間違いだとは分かりつつも。
 というようなことを久々に聴いた安全地帯の『パンチ∞トンチ』の「愛より金がいるのは その金よりも愛がいるから もうどっちにしたって 愛だけしかないと 言えば言うほど 愛が分からなくなってくるんじゃないですか」って2サビを聴いて思い始める、お金で解決する、というか、気持ちをお金と何かを交換して渡すことばかりを、愛を伝える手段にしてしまっている最近を鑑みて思う、それは、私にはそれくらいしか出来ないとさぼっていることと同じで、でもその周辺のどの気持ちも嘘ではないし、見返りもいらない、あらゆる物事と同じく、相反するように見える、感じてしまうものが常にある、同じ強さ、形で、本当は相反するものなんて意外と少ないのに。
 最終的には圧死するのかもしれない。

 俺は、気がするってことばかりで過ごしてると思っていたけど、それもあるけど、久々に〇〇してというのも物凄く多い、気がする!
 一、二週間か、そこから後ろ含めて「久々」に入ってるのかな、一週間前も二年前も同じ。

 移動を続けていると、同時に存在する家にいる自分がいて、移動先であれこれ思っていることをまだ思っていないそいつに文句を言っている感覚になってくる。

 隣に恋人の気配や肌や寝息のないことの寂しさが日々増幅していく。

 友人たちとの軽口も足りない、みんなで移動して、移動先では好きに過ごす生活を送りたい。

 今回持ってきた本。
 大西智子『ふるえるからだ』
 大阿久佳乃『のどがかわいた』
 村上春樹、柴田元幸『本当の翻訳の話をしよう』
 佐藤正午『夏の情婦』『アンダーリポート/ブルー』
 川上弘美『なめらかで熱くて甘苦しくて』『蛇を踏む』
 多和田葉子『ヒナギクのお茶の場合 海に落とした名前』
 村上春樹『中国行きのスロウ・ボート』『国境の南、太陽の西』
  カート・ヴォネガット・ジュニア『チャンピオンたちの朝食』
 デイヴィッド・シルヴェスター『フランシス・ベイコン・インタヴュー』
 いつも通り、一冊でも読み終わればいいなーと思いつつ空港から『夏の情婦』を読んでいるが、広大さ故の移動時間でなかなか進まない、短編中編くらいの佐藤正午さん結構好きかもしれない。
 三日で短編集一冊読み終わっていないことから疲れているのが分かるが、多分今回の旅では二、三冊は読み終わる気がする。単純にページ数の少ない本が多い。
 あんまりない体験として、「二十歳」も「夏の情婦」も「片恋」も、そこで話しているのは二人なのに、あれ?これどっちが言ってるんだっけ?、となる。

 宿に着き、すぐそこのBay Lounge Coffeeへ。
 坂口憲二さんの焙煎所の豆を使っているみたい、ちょっと前に記事を読んで「ドーベルマン殺しの山井のイメージしかなかったけどすげー!」と思っていたため、たまたまだけど嬉しい。
 まろやかに苦くて美味い、が、本当はもっと美味いんじゃなかろうかとも思う。

 港の方を歩きつつ町をうろうろ、本屋に寄ってみて、柴崎友香『きょうのできごと、十年後』を買う、どうして?と思いつつも買う。

 それからもうろうろし、大量の夕飯、シャーベット状のサーモン以外けっこう美味しかった。

 ガラナを飲みまくる旅だが既に飲み過ぎて気持ち悪い。一日に二本も三本も飲むものじゃない。

 懐かしい、田舎の民宿によくある隣室との隔たりが襖というタイプで、静かに静かに本を読んでいる、捗るが、もはや相部屋かと気をつかう。

 なんでだか久々にお酒を飲みたい気分になっているが、なんでだかなんてことは分かっていて、読んでる本の登場人物がやけに酒を飲んでいるからで、明日か明後日、近場に良さそうなところがあれば一、二杯飲んで帰ろう。

 それはそうと、俺には二つ年下の弟がいて、これが同じ血を分けた兄弟なのかと、半分は血の繋がりがないからか、度々思う。
 俺よりも速い足や、日常生活での細々とした動きののろまさ、何でもかんでも口にするくせに重要な(俺や父親が出張ってその場を収める必要があるような)ことは何一つ口にしないところや、そのほか、似ている部分を探す方が難しい。
 弟はもう結婚していて、三歳半になる俺にとっての甥っ子は、どうやら父親よりも叔父に似ている。奥さんは確か、職場か大学で出会ったんだったか、忙しくしているようで、俺が甥っ子と遊ぶために手土産を持って行っても大体留守にしている。
 弟は芋か麦かの水割りを飲みつつ、俺と息子が遊ぶ姿を眺めている。その奥のテレビを眺めているように見せているのが分かる。
 甥っ子は湿った手足で、胡座を組んだ俺の上を登ったり歩いたり、手に持ったトーマスの角で頭を小突いたり、俺が言う冗談に、その声音に反応して笑ったり、時折父親の方をぼんやりと見たりしていた。
 最近会ったのは、こっちへ来る前だから、もう一ヶ月ほど前だろう。そのときも奥さんはいなかった。
 弟に訊ねると、さあ、とだけ言って、父に似たのか異様に濃い水割りを空けた。

 俺が、ほどほどにしとけよ、明日は朝からだろ、と言うと弟は小さな声で、うるせえよ、と言った。
 その声に先に反応したのは、その姿を目にし続けている俺ではなく甥っ子の方だった。彼は、だめー、とか何とか言って、それから何故か俺の鳩尾を殴った。
 視線を甥っ子に移して元に戻るまでに弟は立ち上がっていて。

2020.9/17 ホテルテトラリゾート十勝川
 何度か目覚め2時過ぎにぱっちりしてきた、本当にうざいね、ガラナの飲み過ぎだろうか。

 それから『夏の情婦』を読み終える、「傘を探す」と「恋人」は折に触れて読み返すことになりそう。

 お腹が空いたが、雨雲レーダーで雨雲は確認できないのに雨が降り続けているため、外へ出るのが面倒で悶々としている。

 思えば若い頃に比べて、性欲をコントロールできるようになった気がしたけれど、オンオフ可能なわけではないから勘違いで、しかし耐えられる幅が広がってはいる。大人になってきたのかもしれない。
 まだ無限にあるって感じのするこれは何歳を境に衰えてきたなと感じるのか。

 友人との付き合い方に関して二十くらい上の方と話していて、ちょくちょく合間に会ってる感じです、というようなことを言って、まあ大人になるとなー、と仰ったがそれは、関係なくないかなとそのときも今も思うし、ちょっとでも抗ったんですか?、と抗ったとしてそれが一体どうしたんだってことでしかないが思い、あらゆる物事を流れるままぼんやりしているのが大人になることなら、それは何になったんだと続く。
 諦める、って割と決心を伴う行動だと思うのだけど、大人ってーと語りかけがちな人が使うそれは受動的に過ぎる。
 どうしようもなくくたびれていく肉体に対して、我慢できないことを減らすのは省エネって感じで大切だとは思うけれど、それなら憔悴する方がまし、今みたいに疲れ続ける方がまし、その末に早死にする方がまし、としか思えないのはやっぱり俺がかなり子供なままなんだろう。
 どうすんだ!

 で、『きょうのできごと、十年後』を読み始めるがこれ続編なんだ、読むの待とうかな、いっか。

 チェックインまで時間が空いたために道の駅、夕飯までに胃痛が起きそうだからクリームパンを一つ買う、五行封印された灰皿で一服。

 宿に着き、部屋を変えてもらおうとしたり空調が壊れているのか訊ねたりそれで扇風機を貸していただいたり、色々あり、新しい仲間が増えた、初の親子、あらゆるぬいぐるみ業界に言いたいことは、可愛すぎるのでサイズ違いを展開しないでくださいということ。

 誰一人歩いていない歩道を進み、セイコーマートで煙草を調達してからまた道の駅へ、さっきまで閉まっていた「木かげのカフェ」なるところへ、アイスラテがなくアイスオレ、アイス・オ・レ?、先程の灰皿横の椅子に座り休まる。

 新千歳空港に降りたときから今まで、どこかしも動物の匂いがする、糞かな、堆肥かな、とにかく結構どこもくさくてちょっと困り始めている。

 村上春樹『遠い太鼓』を読みたくなっている、何年も何年も、読もう!、やめとこう!、読もう!、やめとこう!と繰り返していて、しかし、最近は小説よりも紀行文や『職業としての小説家』のような本の方が芯まで届いてくることが多い、今でも『風の歌を聴け』から『羊をめぐる冒険』はほとんど揺るぎなく浮かんでいるのだけどそれでも。
 ということは、で、『遠い太鼓』がようやくしゅるしゅる入ってくる時期に差し掛かったのかもしれない。

 宿に戻って忘れていた荷物の整理、流石にもう眠たい。

 舟越桂さんの展示会を観るために12月も少しだけ東京へ行く、ホテルを取った、こうなると、10月は頭の方に徳島へ行くため、11月にもどこかへ行かねばならなくなるんじゃないか、どういうことだ?、京都でもいいし、また、もう何もないと分かった岐阜でもいい、岐阜で運転してみてもいい、そうすると今年は3月4月5月以外あちこちうろうろしていることになる、何してんだ?このコロナ流行の時期に。

 一階の喫煙室で煙草を吸いつつ『きょうのできごと、十年後』を読み進める、とってもいい、なぜか涙ぐむ、たまにある、涙を誘う場面でもないのにじわっと滲んでくるのは何だろうか、嬉し泣きに近いだろうことだけ分かる。

2020.9/18 幕別温泉パークホテル悠湯館
 読み終わり、4:57、まだ起きて一時間くらいなのに眠たい。

 眠れた。

 朝から結構強い雨が続いている。

 ごたごたと色々あり、ハプニングに対して俺は、普段小さな物音で、わあ!、とか言うのに冷静になる、誰かの失敗は、大きければ大きいほど、もう起こったことだし別に問題ないっすよーって感じ。

 チェックインまで時間があるために帯広駅まで歩いてみる。

 まずHoccino Coffeeでアイスラテ、エクアドルだっけか、美味い、が、別のミルクの方が合うような、もうちょっとさっぱりしているか甘いくらいのか。

 藤丸という百貨店のくまざわ書店へ、ちっちゃいPLAZAとかハンズとかあってわーいって感じだけど本屋は良くない、が、『遠い太鼓』を入手、こういうときベストセラー作家はいい。

 北海道に来てから、眼鏡をかけた女の人をよく見かける気がする、単に眼鏡が好きだから?、福井が多いんだっけ。

 駅に着きうろつき、長崎屋とかいうところへ。
 へんな店内でいい感じー、だけど薄暗くて生気を吸い取られる。

 喜久屋書店に何故か入ってしまい、佐藤正午『女について』を買った、どんどん荷物が増えていく、お土産を買って増やせよ、ガチャにて新たな仲間が加わった、旅の良い点の一つは新しい仲間に出会えるということです。

 またしばらく歩き、とかちプラザ内のドトールでアイスルイボス、ガラナとコーヒーのためになるべく他でカフェインを摂らないようにしなくちゃいけない、『遠い太鼓』を読みつつ、あれ、これ、家にあるかも、読んでないだけで、あれ、これ、と思い始める。

 帯広駅内で豚丼を買い、ワンマン電車に乗り込み札内へ。

 一キロほど歩いて宿へ。

 既に眠たい17:54、どうしよ。