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 改めて、まあそうだよねってことがあって、三年ちょっとぶりに毎日絵を描くことにして、今33日目で99枚一日三枚のペース、まずまずの進捗、描き終わって「こりゃあんまりだな」と思うことはあれど、描いてる最中は絵を描くというそのものを楽しめていて、それが体や精神に非常に効く。
 ちょっと用事が重なって時間がないときや、頭痛や天候で体調が悪いとき、違うんだけど一応毎日同じことをしているっていう事実に「怠いなー」とも思いつつ、やっぱり素晴らしく楽しい。
 今日!今このときから俺は〇〇をするのだ!というのは簡単なのに、今日今このときから君は〇〇をするのだ!というのは数分から数日でぐねぐねおかしくなっていくのが困る。
「〇〇したい」「〇〇がいい」とか言いながら特に何もしない奴と比べて、したいことをし続けられることはいいけれど、山や森を這いずりまわる以外で金を稼ぐ術を見つけ出さないと、この現代日本で餓死コースを歩むことになりそうで、まさに今なかなかキリッとした金欠に陥りかけている、が、毎日絵を描いているおかげか、内側にめり込んでいくような金欠の感覚はなく、清々しい気分でいる、が、死ぬ以外一体なんの手が?って気分でいる、が、100000字ちょっとの小説を絵と並行して完成させて、次は200000字くらいの小説を書きたいから死にたくはないという感じもあり、が、登場人物の名前と頭の文章はあるが膨らみ方が分からないこれを果たして書き終えられるのかと書いていないあいだは思い、多分ちょろちょろ色んな本を読んだ方がいい時期、きっと一ヶ月ないくらいちろちろ本を渡り読みしたあと書ける、というか書いたら書ける、読んだら書ける、で、それが一体俺以外の誰に、良い波として感じられるのか、俺は俺にとって意味のある、というかそうしていないとどんどん落ちていくその落下を防ぐための日々の習慣は、俺が生きるため以外の何になるんだと思いつつ、もう死ぬ以外一切なにも可能性はないと考えながら過ごすことに比べれば、体が動くだけましだよなと開き直ることしかできない、体にいい食事をと生野菜と脂少なめの肉類を食べているけれど、眠れないのと極度の過眠やら、無の時間の少なさから体がぼろぼろになってきている、ぎゃー!
 焚き火と波を交互か同時に眺めなければならない、もしくはあまりに不味いコーヒーを出す喫茶店はその17倍美味しいのを淹れられる俺に全ての権利を明け渡さなければならない、もしくは往復数百キロの徒歩旅行をしなければならない、もしくはまんまるの湖で裸になって泳がなければならない、あるいは数ヶ月に渡ってお互いを見かけるたびに勝敗を決する喧嘩に身を投じなければならない、あるいはオレンジ色の光の下で一人掛けのソファに座って本を読み漁らなくてはならない、あるいは毎日1曲、絵を1〜10枚、写真を10〜1000枚、小説を400〜8000字、積み重ねなければならない。
 とにかく非常にどん詰まりにいて、抜け穴、抜け道、実はない壁に気が付く、脆い壁、を探しているような気分ではありつつ、きっと恐らく生きているあいだずっと、多分そうだろうが死んでからもずっと、そのような空間を感じながらいるんだろう、が、それはまあ仕方ないとして、仕方なくはないから頭が渦になっていく。
 俺にはもうしたいことをし続けるということしか残っていない、それは何かを極めるとか何かのために楽しくないことをできないことでそうなっているが、俺はどうして何かのために何かをできないのかと思うし、それは映画や小説や漫画の、生き物や風景や人物さえもが誰かの何かのために連動していくことへの嫌悪感とも繋がっているし、何かのための楽しくないことを楽しく感じられるように工夫することさえ嫌なことは、それは本質的には楽しくないことじゃんと思っているからで、それはただの甘えでありわがままなんだけど、でもじゃあ毎日絵を描くとか小説を書くことがただ楽しいことだけなのかと考えるとそういうわけでもなくて、じゃあ一体なんだろうと思うけど、全部本番じゃなきゃ気持ち悪いと思っていることもあるし、何がそれを分けているのか、最中の苦しみというか苦味みたいなのはいい感じだし、ただの気の持ちようだろって感じもするし、禅宗本山とか相撲部屋とかに入って人格が歪むほど修行を積んだ方がいいのかもしれない。

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