もう多分五年か六年聴いているPodcastで紹介されていた『YOU』を何日かかけて観終わり、『男の子は父親に善悪を教わる』だとか、海外の、主要な登場人物の多いドラマや映画での、もう病と言っていいだろう詮索だとか、正義感に飲み込まれて非常にグロテスクな奴らだとか、図星だから怒るみたいな〇〇=〇〇的嘔吐必至の不快な語り口だとか、ドラマそのものから波で受けたものと、それが揺さぶった内部の何やかやで、真ん中に行くに連れて暗くなるけれど縁取りは子供が描く太陽みたいにきらきらふわふわしてる気分になっている。
比喩や例え話は好きなのに、緊急事態や大勢の人が慌てている時間に冷め切っていられるのに、何かで何かを説明することを嫌っているのは、多くの人に、俺の先天的、後天的、に得た、陥った、受け入れた、何かを説明し過ぎたからか。だから何だよと思う。おっけーおっけー、野垂れ死ぬかもだけど進んどきますって感じ。
俺は幼い頃に父親がいれば真っ当な人間になったのだろうか、と素朴に思うけれど、それは否、後悔や過去に思いを巡らせることは、その瞬間の俺を殺してしまいう、ひいては今の俺を殺しかねない、が、殺せばいい。でもやはり、当たり前のことは当たり前ではないけれど当たり前だから、何度も何度も繰り返し繰り返し、言葉にしなくちゃいけない、だから、今の俺は今の俺で、過去の俺は過去の俺で、それらは完全に、すっかり、まるっきり、全て、あらゆる要素で分断されていて独立している。今と、え?もう?くらいの未来だけを考えて、ひたすら動き続け、動き過ぎたことに気付かずに体がおかしくなってから休んで、回復すればまた動き、更新された俺は以前より動けるようになっていて、だからもっと動き、そして以前よりも脆くなった俺は、前回よりも深い粘ついた無生物の中でぐるぐる息苦しさを感じる、で、這い出てきたらまた動く。
それに真っ当さというのが何か分からない、ファンタジーに近い、まだ見ぬ愛すべき隣人たちと同じような人間であることがまともさか、知覚できる規模の人たちの病理に気付けることがまともさか、自分を自分たらしめる何かを理解していることがまともさか。
一連の運動を循環することが出来なくなったときが、ようやく死を選択していいときで、「よくよく考えると悪いことしてないのに悪いことしてる気分だな、すんません」くらいには過去の俺を気にかけつつ、完全に独立し絶たれたものとして生きるしかない。
静かな空間や、すこし高い草原でぼんやりすることや、誰かと何かを共有しているときの沈黙や、一人でいることや、薄暗い部屋で本を読みながら具合が悪くなるまで煙草を吸うことや、たくさんの孤独でいる時間を好んでいるのに、どうして、頭の中がうるさいのだろうと思う、今も、それで、この分のスペースが空けばいいのだけれど、もちろんそんなことはなくて、むしろ増えていくし、結構遠くの方でごちゃごちゃと声が聞こえる、不快な楽器の音に似た何かや、センテンスが文字になって辺り中に浮かんでいる、外側の空間と同じように静かで清潔な体内を得たい。
最近書く小説の一人称が「私」で、それは変身願望があるのか、「僕」だと漏れ出る自身があるのでは?と心配しているからか、俺の中の私なのか、ただそこにいる私なのか、何も分からないし、俺は俺のすること、じゃない、俺は俺のした結果残ったものの意味が全く分からない、それの何が問題か、ただの興味か、気になるトピックで思い煩わされてるだけ。
何も救わないし何にも救われずに生きていくということがどういうことか考え続けながら生きるしかないのは、問題かどうかも分からない何かを、粘着質の何かで巻き纏めて体に括りつけて走り去っていく自分自身の一部をどうにかするしか解決できない。頼ったり期待したり信頼したり、馬鹿馬鹿しい、固すぎて脆い、ぐずくずに崩れかけている、甘やかな空気で、非常に恐ろしい、初めからやり直すというのは存在しない、死ぬことの簡単さや、死んでいる状態に入り込む早さ、何をどう考えても死ぬしかないと思う、死んでいる状態に入り込む現実からのあまりの落差、ありとあらゆる後悔や失敗は一つもなくて、唯一の仕切り直す点は生まれたこと、それ以降は何も、何一つとして失敗も後悔も苦悩も問題も寂しさも孤独もない、として、心底嫌っている物事、出来事を除く全てから感じる気持ち良さ、清濁併呑の前提のつまらなさ、死ぬという選択肢が思い浮かぶことを遅延してくれる様々な習慣、射精、ドローイング、度を越した散歩、通話、対話、読書、絵の具に触れること、他人の快感、寝転がることと水を飲む以外思いつかない量の煙草、移動し続けることが目的の旅、全く見知らぬ背中、新しい語り口、暴力、完全に擬似的な死、媒体のない接触、確実に死ぬ高所に立つこと、豪雨の中で傘をささないこと、他人の苦しみや楽しさをその瞬間に、その瞬間だけはっきりと感じること、圧倒されて涙を流したり笑ってしまうこと、ありとあらゆる死者の時間が流れ込んでくること、諦めたものを忘れないこと、自惚れ、それを元にした行動に他人を巻き込まないこと、後悔すべきことを認識して後悔しないこと、つまらないものの中から一欠片煌めくものを探さないこと、夕陽を浴びないこと、耳の存在を忘れる音楽を聴くこと、肉体的な匂い、性的な時間のあとの人間の匂い、草を揉んだときと噛んだときの異なる匂い、誰も何も想起させない懐かしい匂い、再現可能な過去の写真、膨大な自身の記録、記憶しないこと、逃れられないものから逃げ延びようとすること、他者に他者を紹介すること、死なないこと。