1692字

 寝る前、シャワー中、散歩中、その他、書いていない間に思い付いたことを、書けるようになればもっと広がるのかもしれない、だけどまだ出来ないでいる。
 思った位置と違う場所に出て来たら、あ、出てきた、と放っておくけれど、普段考えていることを書けないのと同じように、抵抗がある、普段考えていることも勝手に出てきたのに関しては無視できるが、とにかく分からないものが分からないまま進行して欲しい。
 これは多分、何年か前思っていた、出来上がった絵よりパレットというか、無作為にできあがった、紙やキャンバスの横にある何かの方が良く見えるというのとつながっていて、俺は俺でないものを見たいし感じたい、それでも書かれるものは否応なく、自身の何処かと何かしら繋がっていく。
 100000字、27000字、100000字ときて次は200000字で、その次何か書くとしたら350000字にしよう、18歳か19歳のときに書いた100000字は「小説を書くぞー!」と意気込み過ぎて、小説的小説過ぎて、どこから手直しすればいいかも分からずボツ、去年から今年のヒッチハイクの話はカンカンキリキリ書こうと、〜た。、で書き連ねて、削るところはあれど膨らまない、その次の100000字でようやくましなのが書けて、それは友人が「何かに応募すれば」と言ったので枚数と時期で出せるうちで好きな出版社のに出して、今の200000字でどこへいくのか、全部そのときできることをしたから、きっとまた何処か遠いところに連れてってくれるだろう。
 中高生のときに何となくかいた短い話、土嚢を積む話、から400000字も書いてないのかと思うと、俺は何をしてんだよ、と思うけれど、どんな分量でも、腰を据えてそのときの力み具合で、次が出てくることに気がつかなかったからで、12〜18の俺はカスで、ブログで書いてたこれまた短い話と、訳わからん土嚢の話しか書けなかった、でも結局納得はできなかったけれど書き切れた最初の100000字があるから、その感覚があるから、終わった、と分かる感覚、日々書き続けることから次が出てくる感覚、書けば書くほど書けるっちゅうことか、365日4000字づつ書けば1460000字書けるのか、わーい、とにかく誰がどうとかでなくて、書きたいうちは書き続けていよう。

 心的に遠いところへは行けるから、距離的に遠いところへ行きたいけれど、マスクの人が多く目に入って、暗い歪んだ空気に足首を掴まれる感じがする。
 ヒッチハイクで奇妙な人に会いたい気分なのに、こんな時期にするのもどうかと思うし、旅先で発症することを考えると怠過ぎて長時間の散歩しかできない。
 散歩と書くことと描くことは一緒、考えることと散歩が一緒、歩き方と文体とタッチは一緒、歩ける距離と文章の息の長さと色の奥行きは一緒、歩ける時間と物語の長さと一枚の紙に持ち込める世界は一緒、適当に適当なことを書くと、あれ?そうかも?と思い始めるが、小説以外の文章は結構時間が経ってから見直すと何らかの取っ掛かりになりやすいので、それでよし、もっともっと、考えていないことを書きたい、そういう小説、何でもない小説、考えたこと以外のものしか入っていない小説、それでいて最後まで読める小説、俺が書かなくてもいいから俺が書いてもいい、まさしく、新しい湖、もう死んでしまった人の声を聞いて書く?、分裂したトンビ、プランクトンが過繁殖して魚のいなくなった水の溜まり、オレンジ色の路地、本棚、証明書、遺跡、結局のところ理想も目標もないので、その都度設定してそれを超えなくてはならない、別々の仕方で変わる、方法、所以、左軸、木の骨、猿と象とムカデ、匂いの粒、名前が分からないから見えないものを何とか見て、書いて、いつぶりかにHi-STANDARDの『SUMMER OF LOVE』を聴いて、昔の記憶を感じる、セメント、湯気、短歌を読んで浮かぶ情景のレンジの広さ、少ないコードに多くのメロディをのせられる人はそういう短歌を詠めるのかな、何か分かんないけど小説でしかないものを書きたい、

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