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 短編を書いてみたい、と動きの止まった4/5の深夜に思いつく、同時に、高校生の頃に書いたのを推敲してみようかと思い、始めてみるがやっぱり駄目、ということで、4/6から書き始めてみる。
 眠いってのが一番書いてるあいだ鬱陶しい、頭痛いとかお腹空いたとか、そういうのはそんなに影響しないけれど、眠いのはよくない、というか半分以上寝ている感じがして、はっ!って時間が多い気がする。
 短編、というつもりで書くのが初めてで、自分にとって新しいことをするのは気持ちがいいことこの上ない。長編を書くぞ、短編を書くぞ、くらいの違いなのに、何もかもが違ってくるのが、そういう何が機能して変わったのか分からないのが好き。
 それにしてもめちゃくちゃ難しい。意外と中、長編の方が得意、というかしたいことがやりやすいのかもしれない。
 ノートに線を引いて六つに分けて、ぼんやり思い浮かぶものをそれぞれ書いていって、何となくで、長め?短め?と書く、ってか短編書くぞと思いながら書き始めると、めちゃくちゃ短くなっていく、ってか切り詰めてしまう、良くも悪くも発展しないように文体が変わる。
 すっげー楽しい!絵も変わりそうな気配があるが、何かのために何かしてるって意識にならないように気をつけないと、気持ちよくできないな。

 でも、とりあえず六つ書いてみて、頭から書き直すことにした200000字へ良い影響があるといい。何をしてもしなくても全てに影響するんだから、どう考えても無駄っちゃ無駄なんだけど、それでもやはり常に200000字のことを考えてしまうな。
 それと同時に、ほんとに、GOD、俺に、俺の好きな物事の才能を、ちっとでも託しといてよ、と思い過ぎる、そんなことを考える時間はあってもいいが、スペースがもったいないし、変わらずごりごりこつこつやりたいことをやりたいようにしていくしかない。
 というか、どこでどう終わってもいいじゃん、と思っているから短編を書きづらいのかもしれない、掌編、というかごく短い話であれば、いくらでも書けそーって感触がある。
 手応えのあることだけ、志向することをやめないで、そうしていないと一から十まで、どんな真実もないものを作ることになってしまう。

 とにかくいつも通り、今までと違うことで、やっていこう。

 メンター的な人物を求め過ぎている。丸っと全部理解できる言葉も納得出来ないが、それを言った意味は分かるというタイプの人に出会いたい。まあそれが互いにとってそうである人が理想ではあるけど。
 絵も音楽も映画も、前にも書いたな、そういう示唆のあるものを求め過ぎている気がする。
 いや、そうでもないか、ただ次の行動、というか、何かを作りたくなる気分にするものを求めているのか、それくらい俺は軟弱なのかもしれない。作品や人に触発されて、あんな風に!こんな風に!と思って始めたものは俺にとって無意味で、しかも続かない。意欲の存在に気付かせてくれるもんか?
 まあでもよく考えるまでもなく、その人の絵を見ると、絵を描きたくなるとか写真を撮りたくなるとか、そういう動きを促してくれるもんばっかりに囲まれていたい。
 長い文章を書くときの御守り的、道標的な本も一緒だな。
 それの人バージョン、それも相互の関係というのがとても欲しい。
 それまで自身を培い続けるしかないか。

 

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