2020.6/23 ダイワリンクホテル会津田島
シャワーを浴びてる間中なぜか、
「闇に隠れて生きる
俺たちゃ妖怪人間なのさ
人に姿を見せられぬ
獣のようなこの体、
『早く人間になりたい』」と頭の中で流れ続けていて困った、というか妖怪人間なのに人間を目指すってことは、『妖怪』時の形を捨てるってことなのかな、『人に姿を見せられぬ、獣のようなこの体」とも言ってるし、『早く人間になりたい』の『人間』は形というよりも『妖怪』要素を全部剥ぎ取ったあとに残る自分?、と思ったけどWikipediaを見てみると人造人間なのね、あれ、でもそれだったらやっぱ、色々脱ぎ去ったあとに残る何かを『人間』として、そこを目指してるのかな、?
そういう意味で言えば、似たようなもんで、まっとうな人間になりたい、と志向しているのはただ単に『人間』になりたがっているのかもしれない、そうかもね。
当たり前のことをさらっと出来る、さらっとしているように見える人すげー!と思っていたけど、よく考えたら当たり前だと気付いたことをしてる人のがすげーんじゃないかと思い始めた、?
当たり前とされていることは、結構本当に「されている」だけのことも多くて、なら実際のところ当たり前のことって何?、これかな?と試行錯誤して、実践する人というのか、もちろん、当たり前とされていることを一旦考えて、考えて考えて実行している人も山盛りいるが、それはそれとして、よくよく考えてみるとこっちが、これが当たり前のことじゃね?というのを発見、再発見?、認識、再認識?、のち実行、実践する人というのか。
人が悲しんだり泣いたりしてると、そうじゃなくなりたいのかと思って、それを部分的に覆そうとしてしまうのはとっても良くないことだとやっと気が付いた、その人の感情や感触を否定してしまっているし、そうじゃなかったとしてもいずれ到達する、何か言わないと、しないと、と思うとほとんど必ずそうしてしまっていた。誰がどうでも、こっちはこっちだからぼーっとしたり音楽聴いたりご飯食べたりしてしまうのを防ぐためにも、誰がどうでも、何か言ったりしたりして、陥りやすい穴にまんまとはまりこんでいた。ちくしょう!
それは悲しいな、それはそうと、それのこの部分はどう?悲しい?、ほうほう、悲しくない、じゃあこっちは?、ほう、悲しいっちゃ悲しいけど悲しくないっちゃ悲しくない、なるほどなるほど、とどんどん初めにあったのをぼかそうとしてしまう、分解する、あらゆる苦痛から逃げ続けてきた代償として、人に対しても逃げ道を探そう!みたいなスタンスでしか、ばかりで接している。
これはもう本当に癖でしかないから、鍛錬によってどうにでもなる、はず、頑張れ!
ここまで昨夜、というか寝る前。
胃痛と気持ち悪い夢で起きる21時過ぎ、急いでどん兵衛を食べる。
家の近くの本屋や何でもないよく歩く道や美味しいコーヒーや美味しくないコーヒーや雑貨屋が恋しくなってきた、ホームシックというよりも、ここには何にもないからで、何もなさも好きではない何もなさで、一刻も早く、家及び周辺をうろうろしたい。
自分が何かや誰かに対して思っている大切だという気持ちや思いや考えが、全く自分の中にしかないことにふとしたときに、まじかよ、と狼狽える。それを伝えたい!とか伝えなきゃ!とか残したい!とか残さなきゃ!とか、特に思わないけど、ただそのことに慌てる。
どれだけ同じ言葉で、そうそうそう、そうなんだよね!と思えたとしても、それはその人の中にしかなくて、自分の中にあるもの、あったものとは同音異義語くらい違う、語源は同じだね。
毎日十回前後、帰る日までの日数を数えている、哀れなり。
気分が高まるようなものを探してリーディングリストに追加していく、消していく、整える、追加していく、というのを繰り返している。
眠れない2:55、『Yuvi Kawano』のデザイナーの方に謎の既視感があって、さっき相澤義和さんの『愛情観察』の表紙で見かけていたのだと気が付いた、わお、数日おきに、買おうかな、と覗いている。
色んなお金のことを考えていると疲れてきた、なんだこれ。
という関連で、9/7〜12の展示会はあるみたいで、そこでの絵の定価は80000円としたが、やっぱどう考えても絵の値段なんてどうでもいいね、何かと交換でもいいしもっと安くても高くても、あはははははって時間を過ごせたら、あげますって感じだし、なんかほんと面倒になってくる、?〜80000〜?って表記にしようかな、めちゃくちゃいい石と交換とかしたいよね、それについてべらべらだらだらと話して欲しい、どこそこで拾って今日ここまでにあれこれあって、というふうに、直前までどうなるのか分かりかねるが、開催されるといいし、グッドパーソンがいるといい。
「プラトンの目から見ると、肉の愛は、真の愛の堕落した姿である。人間の純な愛(夫婦が互いに信実を守ること)は、堕落の程度が少ない姿である。〈昇華〉といった観念が出現してきたのはこの愚劣きわまる現代だからこそといっていい。」
(シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』、「愛」田辺保訳、筑摩書房、1995.7)
ヴェイユ!本当にもう、ヴェイユー!
チョコビスケットを食べつつコーヒー、3:54、うぜー時間帯、朝食までまあまああってちょっと空腹感がある、トマトスープも飲んだ、変な味、それでも朝ご飯よりはましで、かなり眠たいような目玉が疲れているだけのような。
睡眠と覚醒の狭間を抜けて6:38、悲しくなる朝食、いつ美味しい日に巡り合うか、まさか、一人でつくってるのかな。毎日ほとんど同じ内容、ブレる味、ブレても不味くも美味しくも普通でもない味、いっそのことお金を取ってくれたら、つくってる人の意識も変わるんじゃなかろうか、とは思うけど無料と言いつつ含まれているだろうし、関係ないか。
何がどう作用しているのか分からない、こんなに楽しくない、嬉しくない食事も珍しい、お腹空いてるし今日はどうだろうかと楽しみにはしてるし、何でだろう。
今日はどっと疲れたな、と思う日は、耳がとても疲れている気がする、耳から疲れていった感じ。
単なる音から、意味を成す音、意味を為しかける音、耳から体が揺れる、振動を減らして知覚されているあいだは無事で、耳が限界に達すると減じてない振動が体の中に直接入ってくる感じ、そういうふうな。
というわけで、カードの上限を超えて使っていたので引き上げて、引き続き買い物!あはははははははははははははははははははは、本当にこういうのは体に良くない、必要なものばっかなんだけどさ、ないのに買えるなんて。
早め早めの晩ご飯を15時過ぎ、チョコビスケットとコーヒー、もうどこにも行く気がない、煙草と本読みに時を捧ぐ。
かなり長いこと聞いていたPodcastの番組がここ数年しんどくなってしまい、『おまけの夜』の柿沼さんと、ヒップホップや桃屋、お笑いの回によく登場されるなんぶさんのラジオを聞き始めた、『勧めのススメ Present by おまけの夜』とのこと、三本上がってて既におもしろい。
というか『おまけの夜』も結構長いあいだ見てるな、ほとんど聞くに近いけど、何かしながら流しておくのにとてもよく合う。
日記を書いていると際立って、感じたり思ったりばっかで、何一つ考えられていないのが分かる、考えるって何?と調べてみるが、なるほどね、とはならない、何かが違うような。
思い返すと全然寝てないじゃん!って、どうしてこんなにも眠たいんだろう、と思っていて、思い出した、17:55、mybluは良くない、が、喫煙所に行くのが面倒になってきた。
目が覚めた、22:37、よしとしよう。
急に走ったら喘息、そりゃそうか。
2020.6/24 ダイワリンクホテル会津田島
シュークリームを食べて胸焼け、めちゃ気持ち悪い。ポテチも食べた。
初めてコンビニから荷物を送って、小一時間手間取った、悲しくなりかけて、がははははって気分になってきた、どうでもいいか別にな、駄目です。
なんとなく半身浴しつつ、1:51、「パラス・アテネ」、『山尾悠子作品集成』欲しくなってきたな、ちくまでちょろちょろ買うのもいい、ヴェイユの他のも読みたい。
朝食のことを考えるとうんざりする。なんかもう、気に食わないって感じすらある、とりあえず置いときますって、まあ仕方ないか。
映画大量に観るつもり、観れるつもりだったんだけど二本しか観ていない、要素は集まってきているが初日以降文字も書かれていない、ペースをつくらないと駄目だな、この辺りは寝て、この辺りは書いて、この辺りは空けとく、みたいに。
遠近、と書いておちこちと読むなんて、知らなかった、好きな響き、おちこち。
相変わらず、はんてんさんの曲とRemi Wolf、TENDRE『HOPE』の「心の中の模様は見えるかい」が「心の中の凡庸は見えるかい」もしくは「心の中のンボヨはビエルカイ」に空耳して楽しい、
「神様 ご機嫌いかが
嘘 誠 選ぶなら愛か
どちらにせよ愛か」ここがとってもいい、選択肢にないのに何か選ぶならと「愛」が飛び出してくる、割り込んでくる感じ、「どちらにせよ愛か」の声の響きが気怠くて、「はいはい、愛ね、愛愛」ってのと「やっぱ、そうか、そうだよな、愛だよな」ってのがあるように聴こえてくる、それはもう本当に「どちらにせよ愛か」って言い方に集約されてんだけど。
おちこち、隔たりのない広い農場で家畜の鳴き声が響く。
気が付くと7:15、朝食、連泊の中で一番まともだった、変わらず盛り盛り食べて喫煙所、「パラス・アテネ」、物語的な力が強いからか、他のものよりも文体に意識が向く。
肉体の働きに優劣はあっても勝敗はない、作品に勝敗はあっても優劣はない、というようなことが思い付かれたが。
もうふらふらと眠たい、10:27、やっぱ少しは頑張って起きておかないといけないみたいだ、ねむー!
岩、触れたり撫でたり、突起に指をかけて登ったり、ほんのちょっと平たい部分に座ったり、樹木、匂いをかいだり登ったり、さすったり齧ったり、挟まれるように座ったり、そういうこと、こう、臍と鳩尾のあいだくらいからじわじわと落ち着いていくが、名前や質に興味が湧かないのに、それらに対してより明らかに低い好き度合いな人に興味が湧いてくるのは何でだろうか、その人にというか、その人を通してって具合ではあるんだけど。
眠たくてふらふらふわふわしながら30000円分本と紙やらを購入、あー!、給付金が入るだろうと昨月も買いまくってぎりぎりで、今月の分で超過したのに何してんだろう、死んでなければ払えるからいっか。
それに『Yuvi Kawano』のも買っちゃった、わーい、もう少し締めて筋肉をつけるぞー、理想の体としては筋肉で太めの足がすとんと落ちているのがいいんだけど、足を組みすぎか立ち方か歩き方か、歪んでいるためとりあえずは詰まった筋肉をつけたい、短足だしね、もう仕方のない、大きくはどうとも変えられない、よく分かんない手術等でどうにかする以外あんまり策がないことは気にしないでおこう、とここ数年は思う。
とか言いつつ、懐かしい気さえするCAFE JI MAMAへ、タコライスとスコーンとアイスカフェラテ。持ち帰りではいつも冷めて固いスコーンを美味い美味いと食べていたが、店内で食べる表面をかりっと温められたそれは別種の美味しさ、クロテッドクリームの食感、ふわっと空気を含んでいるのに溶けていくそれ、風味としては冷めたスコーンの方が好みだったけど、これは美味い、今日のカフェラテは割とヘヴィな感じで、がぶがぶがぶがぶ飲みたい。
今日はすこしねばってから寝よう、16:51、20時あたりまで頑張ろう、「パラス・アテネ」、連作である「火焔圓」と「夜半楽」も読みたくなってくる。
自身に種や機構を埋め込むことはできるが、そこから先が自分では難しい、他者から埋め込まれた種や機構は、わりと自然に芽吹いて運動していく、この人からは何も埋め込まれないし託されない、とそのときだけであっても感じる人とは関わりたくないと思ってしまうが、その刺激が、薄い膜を破る、固く噛み合った歯車に油を差す、転換される可能性もあって、というより、その刺激を自ら改変して、姿を変えたそれが転換される可能性が高くて、何一つとして選り好みはできない、無駄なことは何一つないとは言い難い。
ちょこっとクッキーをつまみつつだらだらしていた、19:23、もうすこししたら寝れる!
と思ったら、21:38、22時過ぎに目覚め、今22:58、さすがにこれはちょっと、と誰かに苛立つ。
2020.6/25 ダイワリンクホテル会津田島
赤いきつねの焼うどんを食べる、0:56、散歩でも行くかな、眠いような気もするし、それは当然そうだろうね。
ちょびっと足を伸ばしてセブンへ。ターコイズ!、いらないものも買いつつ、久々に美味い、完全に眠いが布団に入ってどうなるか、2:12、分かってはいるけれど体を横たえないとふらふらする。
二階堂奥歯『八本脚の蝶』の単行本を注文、河出の文庫本を先月か先々月かに読んだけど、あまりに食い込む、装丁が単行本の方が好きなためずっと避けていた買い方に踏み切る、ほんとのところ大抵の本は文庫本と単行本で持っていたいよね、装画も違ってる場合が多いし。文庫なら時と場所を基本的に選ばず持って行けるし、追加されたあとがきやら対談やら、諸々の加筆修正も楽しめる、でも単行本はもっとそれそのもので切り立っているような、あとがきを見かけないからかな、ハードカバーでのこの世界との隔たりが増しているような、とにかくそういう買い方はいくらお金があっても足りなくなるから避けていたんだけど。
ルートヴィッヒ・ウィトゲンシュタイン『ウィトゲンシュタイン哲学宗教日記 1930-1932/1936-1937』
アナイス・ニン『インセスト:アナイス・ニンの愛の日記【無削除版】1932〜1934』
リチャード・ブローティガン『ブローティガン 東京日記』
ガルシア・マルケス『愛その他の悪霊について』
J.W.V.ゲーテ『色彩論』
山尾三省『火を焚きなさいー山尾三省の詩のことば』
滝口悠生『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』
平岡あみ『ともだちは実はひとりだけなんです』
寺井奈緒美『アーのようなカー』
山尾悠子、中川多理『小鳥たち』
三好愛『ざらざらをさわる』
谷川電話『恋人不死身説』
高野悦子『二十歳の原点』
二階堂奥歯『八本脚の蝶』
伊藤悠子『傘の眠り』
井坂洋子『嵐の前』
で、こうなって、ここから数冊選んで次の旅中に読む、それまでに何冊か読めるといい、久しぶりに新刊をまとめて買ったな、よくないよくない、古本も古本屋も好きなんだけど、普通に手に入るものはやっぱりちゃんと買わないと、てか今回のも、持って来たのはまだ一冊も読み終わってないしね、やば、読めよ、偏りが見受けられますね。
まあでもさ、今年はまだまだ旅が控えてるからさ、先行投資的な行いっすよ、安心安心、仮に早く読み終わっても『重力の虹』や積まれたのがいますからね。
ねむ、5:42、ねむ。
まともな朝食、物足りないくらいでやめる、たくさん寝たい、何がどうなってんだこれは、寝させてくれー、というか寝続けさせてくれー、誰かー!
眠気が体の隅々に満ちている、が、寝れるわけでもなく、おかしくなっちゃうよー!という気分、頭痛。
喫煙所、Zoe Sparks、さんのInstagramのポストからAnderson .Paak『The Bird』を聴き始める、シンプルですぐに奥深くまで入ってくる。
2020.6/26 ダイワリンクホテル会津田島
吸い溜めしてから、カップ麺の蕎麦を食べて、がっつり筋トレ、ひーひー、湯船つかって20時過ぎに眠る、で、今2:05、やったー!
寝れな過ぎ、と、まあまあ寝れた、を行き来している。というかいちいち、そりゃ寝れるわなってところまでいかなきゃいけないのか。軽い喘息。
寝過ぎたことになってる?ってくらい体が怠く、頭が重い、と思いきや雨が降っている模様、よかったよかった。
喫煙所、誰もいないから『The Bird』を流しつつ連続深吸い、洟垂れ、寒い、風邪?
で、New Music Mixから笹川真生『悪魔』、から思い出して久々にRADWIMPSの『狭心症』、懐かしさに飲まれて吐きそうになりつつ、アルバムを聴き返しながらあはあは笑う、懐かしすぎるな、『グーの音』が当時と変わらない密度の好きさで笑ける、色んな要素を他のバンドで聴いたことがあるのにね、かっこいー、聴きながら歩きたい。
たぶん、2013年くらいまで熱心に聴いていたのに突然、聴かなくなって、7年ほど経ってまた強烈に迫って来るというのは、本当に嬉しい、いいバンドー!って気持ちになる、てか演奏すご。
また、寝れた!、嬉しい!、雨の日は無性に眠たくなることだけが好き、基本的に。
朝食はさらにまともになっていた、どうしたの?、まともなときは女性の方がキッチンにいる気がする、ちょっとなあというときは、何を見ているのか分からないけれどキッチンから結構遠いところまで男性の方が出てぼんやりしている、でも昨日はその人でまともな朝食だった気が、よく分からない。
寝たり起きたり、寝たり起きたり、あれから聴き漁って、あれはないのか、これはないのか、とかなんとか、『シザースタンド』、1:13からリズムの音がくっきりして、なぜかその音に涙が出る、それが消えて、むしろ感じ入りそうなピアノのみになるところは何も来ない、不思議、そっからはもう『ハイパーベンチレーション』の、サビと「君が願うより〜」「僕に羽が生えたところで〜」意外で、かっこよさに泣き、「なんかRADのこういう感じの昔からめちゃ惹かれるなあ」と思い出す、集中して聴いていたとき『グーの音』が一番好きだったもんなーって感じ、レッチリを思い起こすね、そういえば、レッチリも熱心に聴いていた歳だったな、狭い喫煙所で踊り、誰か来たらの恥ずかしさと単純な熱さで暑い暑い。
当初のプレイリストは全然通して聴かれない、事前に用意したのはミスだな、そりゃそうだ。
流行ってて、好きじゃないなとか好きじゃないけど分かるとか、でもなくて、なんじゃこれ、まじで?ってなる曲は何が違う?
散歩。
音楽が非常に染み込んでくる、蒸し暑いなかぽこぽこ歩く。
ツルハで2Lの水、二本買ってそのままCAFE JI MAMA へ。何遍来るんだ?と言われたらどう答えよう。ケーキとドリンクのセット、ガトーショコラとアイスカフェラテ。今日は結構マイルド。
本読み読み、「童話・支那風小夜曲集」の「帰還」と「貴公子」がとっても良かった、というか好き、映像が出てくる強さが凄まじい、そういった機能を働かせる文体なのか、そういったものが扱われているのか、分かりかねる、どちらかだけってわけじゃ、もちろん、ないんだけど、おもしろいなー、これは、『山尾悠子作品集成』は今年中に買われるだろうね。
軽く疲れたために先に「月齢」を除く、「私はその男にハンザ街で出会った」以下を読んだので、あとは「月齢」と「透明族に関するエスキス」の二篇、「傅説」もかなり好きだったな、これは「リテラリーゴシック〜」にも編まれていて、先にそっちで読んでいたらどうだったろう、ともう二度と訪れない機会に想い馳せる。
で、そのままスコーンとドリンクのセット、ホットラテ。こっちも今日はマイルド。スコーンはやっぱ美味すぎ、家でクロテッドクリームつくってみたい、美味すぎ。
出先で使い過ぎたために低速通信に入り、出先で使えず、あ、これ調べよ、これどういう意味だっけ、みたいなときめちゃうざい、きー!
蒸し暑いな、夏、という感じがまだない、涼しい日が多いからか。雨が降る前の、雨雲を連れてくる冷ややかな風が心地好い、気付くと汗だく。
激しく踊り過ぎて頭が痛い。体の柔らかさが必要だ、明日絶対体中痛いことが悲しい、というか息止まってんのか、吐きそう。
ずいぶん長く寝転がって体調が戻った、頭悪過ぎ、カレーメシを食べつつ、明日の朝もましなものを願う、19:59、夜寝れるか心配になってきた。
本人がどれだけネタ的に話していたとしても、同じようにするのは、それがセンシティブであってもなくても、まずはつまんないからやめておいたら?と思い、やめた方がいいっすよって感じ。ぎゃっ!、そこそんな感じなの!?って人多すぎてびっくりするし、自分だって確実にそうで、そうじゃない人がほとんどいないことも分かっているのに、出会うたびに思う、ほんとまずびっくりするよね、あれがああで、これがこうで、そんでそれがこれ!?って感じ。
これは寝れるのかなって23:19、お腹が空いた気がしないでもない。
2020.6/27 ダイワリンクホテル会津田島
ほれ!見たことか!といったぐあいに眠れず『増補 夢の遠近法 初期作品選』、読み終わった、いやあ、時間かかったなー、次はちくまの文庫にしようか、二十日間で二冊とちょび読みで、そのちょびは『密やかな結晶』くらいの量、だから三冊程度しか読めていない、遅、眠たくても読め!
コンビニへ行くか、買っておいたカレーもしくはカップ麺を食べるか、微妙に眠気のあるなか。
トムヤムクンヌードルを食べるほどの、辛味に対しての元気はなく、カレーとご飯をレンジで温めに行く元気もない、が、コンビニへ行く元気はある、が、眠い、が、寝れる気はしない、何かしようとするか思うかしているとかなり眠たい。のに!。
切実めに欲しいものとして、オーブンと外付けのハードディスクがあるのだけど、買うには至らず、主に、気に入った飲食店と本に費やされる。
ビスコッティとかとかスコーンとか、マフィンとかクッキーとか、チーズケーキとかグラタンとか、なんか色々焼きたいんだけど。
家に帰ってしたいことをあれこれ考えるが、特にこれとはない、食べたいラーメン屋は潰れたし、喫茶店等はもうひとまず行きたくないし、京都でも行くかとは思うけれど本屋が目当てで、本はもう一旦買うのはやめた方がいい、ただ部屋でぼんやりしたいのかな。
すべての意味で生きている意味や価値はないのだけど、死へ移行する瞬間への恐怖以外で生きている理由を考えると数えきれないほど多岐に渡り、仔細になっていく、日々めちゃ楽しいしね、でも、それでもはなから意味がないことや、後付けの価値がないことや、そんなことに、なるほどね、とは思うし、そういうことを思わずいられるほど、疲れない楽しさで埋め尽くされたいけれど、楽しいことはだいたい疲れの種になる、下手なだけなんだけど、何かもっとこう、肉体とそうじゃない部分の釣り合いを上手く取りたいね、体はこれといって疲れないのに、そうじゃない部分がべこべこになるのや、その逆、そういうことばっかりしている、そんなことはなく、疲れず楽しいことばっかりしてる、反対にあるわけじゃないから、疲れから振り返ってきょろきょろして、あ!向こうに見えるぞー!って行くのは、もうその道中が楽しい、だんだん楽しい、向かい方をあれこれごにょごにょと、立ち止まらずに変えなくてはいけない、それはでもコツのようなものがあって、手が覚えていること、体の軸が覚えていること、改めて訊ねられると、えーとMacのスクショ?、えーとね、キーね、えー見れば分かるんだけど、見ればってかね、というような覚え方で、疲れ始めたらすぐに離れて、それはだから反射神経で、予兆を感じとることで、よくあるじゃん、喉乾いたなと思ってからじゃもう遅い、というかもっとこまめに飲んでおけよみたいなの、その、だから、そこに足を踏み入れる、爪先が境界を越える前、片足に体重がのりはじめるころ、片足から重心が移動するころ、1:25、ねむ。
というわけで、うどんと焼きおにぎりとカルピスソフトキャンディを買う。これ、小梅のソフトキャンディ、モグチューは食べすぎると体がおかしくなるから注意が必要、モグチューを知った今ではもう他の二つはそれほどでもない。
旅中いつもよりお腹空いてたくさん食べちゃうのは、ほとんどずっと起きてるからかな、家の布団で寝たーい!、2:09。
霧みたいなのを抜けて朝食、サラダばっかり食べた。
鳥に手を振っていたら一日が終わりました、といった日々、眠い。
というか昨日の踊り過ぎで首が痛くてしょうがない、振り返ったり見上げたりするたびに、何これ?、あ!、と繰り返している。
昨日の昼頃から『五月の蝿』『ラストバージン』『シザースタンド』『グーの音』『ハイパーベンチレイション』を聴き続けている、当時聴いていたよりも、いっそう良い。
音楽聴くためにヨークベニマルまで、人多くてびっくりする、みんなもきっとびっくりしてる。
宿での夕飯ってどうすればいいか分からなくなってカップ麺とかビスケットとかになる、これも良くないな、帰ったら湯を注がない何かを食べたい、チンしないものも。
昼過ぎから、『きみの鳥はうたえる』観ようかなー、『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』も観たいなー、と、へとへと、多分観ないだろうね、数回ずつ観て、まだまだどんどんいい。
喫煙所でiPadにて観始める。