雨が降ってびっくりするほど眠った。実際わっと思った。普段眠れない分、いいのかもしれないけれど、眠りたい時に眠りたいだけ眠りたいのであって、映画一本は観れたなと思うようには眠りたくない。
久々にマックを食べた。数ヶ月前に、ビックマックとカルビーのうすしおを食べ、ポテトより美味いじゃんと思って、それからずっと、ビックマックかダブルチーズバーガーともう少し堅いか分厚い塩味のポテチを食べたいと考えていて、それで新しく出たグランの何かとカルビーの堅あげポテトうすしおを食べた。グランの何かのバンズが甘いからか、酸味が足りないのか、以前のような軽い感動はなかった。
朝と昼の食事を抜いて、夜になってなか卯で牛すき焼き鍋膳みたいな名前の料理を食べることにはまって、三ヶ月くらい、ほとんど毎日そうしていた。それで翌年もそうしようと、期間限定のそれがなくなる頃にも、その翌年の暮れが近付いても考えていたんだけど、それ以来なか卯で牛すき焼き鍋膳が出ることはなかった。すき家と吉野家は毎年そんなふうなのを出していて、今年は多分、松屋が一番早くに出している。早く食べたい。マックのハンバーガーとか、こういうチェーンの鍋物とか、なんかチープな味が好きで、駄菓子屋で買った他ではまずお目にかかれない謎のパッケージのお菓子を食べているような気分になる。なれる。こういうのは間を空けて食べると気持ち悪くなってしまって、そのシーズンが終わると、だいたい季節が変わると食べられるようになる気がする、また食べられるようになる。
それまで一歩も外に出ていない日の夜に、近くのコンビニでストローの付いた飲み物を片手に猫を探しながら歩くのが気持ちいい。ゆっくり歩いても十五分もかからないくらいで、途中にベンチのようなものもあり、運が良ければ猫にも会えて、今は気温も心地好い。顔や耳が痛くない程度の寒さが年中続けばいいと思うけど、真夏に汗を流しながら自転車で走るのも気持ちがいいし、もう少しバランスを取って欲しい。
当たり前のように、同じコースを歩くのでも、心持ち、というかその時の気持ち次第での退屈さや心地好さの違いに驚く。色が変わって見えたり、いつもは聞こえない楽しげな音が聞こえたりするわけじゃないのに、まったく違ったものをその時々で肌に感じて、コントロールできればいいのにと思う。
住んでる町じゃない町に好きな場所がどんどん増えていく。福岡県と佐賀県の狭間に、目の前を唐津湾が広がる二階建ての家があって、そこは僕にとって今でも、少しも色褪せることない思い出の場所として残っていて、もう以前の形では存在していないことを、軽いめまいを感じるほど悲しく思う。
目が覚めて初めにコーヒーメーカーとヒーターのスイッチを入れて、コーヒーが出来るまでに身支度を済ませる。外に出て、マグに注いだコーヒーを飲みながら海を見て、煙草を吸って、また一口、一服が終わる頃には部屋の中は暖かく、レコードかiPodをセットして音楽を聴き始める。最寄りのスーパーやコンビニは歩いて一時間くらいかかるから、中身を知ってるはずの冷蔵庫を祈り気味に開いて、なんとか食べられそうなものを探すと、適当に料理をつくって、窓辺で食べる。本を読んだり、夜になってウィスキーを飲んだり、裏山を歩いたり、岩に座ってだいたいずっと荒れてる海を眺めたり、辺り中撮ったり。
久々に街の方へ行くとずいぶん息苦しく、賑わったものを求めていたわりに、早く帰りたいと思ってしまう。コーヒーメーカーで淹れたのと同じくらい不味いコーヒーを飲んでいると、それでも、いつものが飲みたいと思う。
ベランダに椅子と灰皿と机を持ち出して本を読むと、喫茶店へ行かずに済むことに気がついた。なんとなく外に行きたいけれど、駅を超えるのも地下道を潜るのも堤防を越えるのも面倒で、尚且つお金を使いたくないときには、そうすればいいのだと、今さら気がついた。さっき外に出て、飲みたいものないな、三つのルートのどれで向かうかな、と考えて結局、分岐まで歩いて帰ってきたのは正解だった。
朝に空腹のまま、熱いコーヒーを三杯と小さいチョコを六つとサプリメントを四錠、それでかなり気分が悪くなって、頭まで痛くなって、ソファでぐったりしながら炭酸水をがぶがぶ飲んだ。いくらか気分がましになってから、久々にヘミングウェイやらカフカやらを読もうと探し回って、ようやく見つけてぱらぱらしたけど、あまりピンとこず、ソファに戻って、ぼんやりしていた。Amazonのほしい物リストに入れてある本を何となくチェックして、追加したり省いたり追加し直したりして、それで、今はベランダに出て本を読んでいる。読んでいるというか、ほんの少し前まで読んでいて、今はこれを書いている。
昼過ぎに袋麺とプリンタルトとクリームチーズプリンを食べて、一日の最大甘味摂取量を越えてしまい、とても気持ち悪い。今日は一日、気持ち悪いのとましになったのとで作られている。それでもまだ何か甘いものを食べたいと、ふんわりと考えてしまっていて、少し恐ろしい。
何か映画を観たい、観たい映画も八十七時間分くらいあるけど、映画館で映画を観たい。わりと何でもいい気分ではあるけど、絶対に何でもいいわけがなく、興味のあるのも近くでは上映していないので、今日は多分、映画は観ない。
昔は、親や祖父に連れて行ってもらっていたような頃は、必ずパンフレットを買ってもらっていたけど、もう何年も買っていない。おそらく部屋の一角を埋め尽くすだろうという予感、確信があるからで、手に入れたくはあり、かといって、集め始めれば、もう劇場では手に入らない、かつて観た映画のパンフレットも欲しくなることは明白で、部屋を狭めてしまうことよりもそちらが気にかかって買えないでいる。
天気が悪いと頭がぼんやりして、ずっと眠たいような気分で、実際に眠たくて、何をするにもおいしょっとっとなってしまって、何かしてからもおいしょっとっとなって、心地好い気候にいるときよりも何倍も疲れる。本を読むにしても何度も同じ行を読み直したり、何度も閉じは開いてを繰り返す。
今日聴けるようになった音楽はBishop Briiggsの『River』で『RIVER』に続いたので、タイトル繋がりで曲を探すのもいいかもしらんと思いつつ、何度も『River』を聴き続けた。Like a river.Like a river.
明日は晴れるといい。晴れなくてもいい。どんより重たそうな雲がなければいい。明後日も明々後日もそうであればいい。
天気予報を確認してみると、明日からしばらくは気持ちの良い日が続きそうで、予定も特にないのに楽しみになってきた。荒れた海のある街へ行きたい気になっている。何とか波打ち際で眺められる程度の荒れ方で、その中でも最大に荒れていて欲しい。可能な限り濁っていて、鳥がふらふらするくらいの強い風がずっと吹いていると尚よろしい。波の音か風が耳の中に入ってくる音か分からないのが良い。そのときに、食べた数が二桁に達した途端に気持ち悪くなってくるソフトキャンディやストロー付きの飲み物を持っていると理想的で、一応iPodとイヤフォンがポッケに入っていることも強めに願う。
朝からずっと歌っていて喉がざらざらしている。指先もざらざらしている。今日は歌詞がころころ出てきて良い。とにかくいつも時間がかかる。一気に出てくることもあれど、全体の印象としては、完成までによく分からない時間が多い。必要なんだけど、もう少し短縮すると嬉しい。Bearでメモして、何度か歌って調整して、ひとまず終わり。
窓を開けていると工事の音と遠い車が走る音と甲高い鳥の声が聞こてくる。聞いていると外に出たくなってくる。外に出て歩きたい。目も閉じたり塗り込められた空を見上げたりして、汗ばむまでうろうろと歩きたい。