買い物に行くと、いらないものだけを買って「何をしてるんだろう」と思うか、いるものだけを買って「なんか物足りないな」と思うかどちらかで、満足感が薄い。それで意識的に、必要なものの中に「まあいらないだろう」みたいなものを混ぜて買うと、帰ってからやっぱり「まあいらないよな」となって、いらないものだけを買ったときよりも無駄なことをした気分が増す。
じゃあ、いらないものの中に必要そうなものを混ぜるのがいいのかなと思うのだけど、手元にいらないものだらけでいると、何を手に取っても大体すべていらないものに思えてきて、上手くいかない。
これは基本的にずっとそうで、いつも何かにつけて「なんか物足りないな」と「何をしてるんだろう」を行き来している気になっている。きっと多くの人がそうなんじゃないかなと思う。それで何が悪いかと考えてみると、何も悪いことはなく、おそらく幸福な部類だとは思うけれど、それでも何となしにずっと疲れている。ずっと疲れているというのは、中学三年生くらいのときからの疲れを引きずっているということで、それは何故か分からない。なんとなくいつから疲れてるっけと思い返すと、そのくらいから疲れている気が、そのころの疲れを引きずっている気がしている。
それで、なんとなく僕は、僕が、僕の記憶や思い出を一人で掘り起こせないことの一因だと感じていて、それが物凄く腹立たしく、やるせない気持ちにさせる。本当にそうなのかは置いといて、そんな気がしている、そしてそんな気がしてしまうようなものであることだけは、そんな気がしているのだから確かで、うざったく思っている。マッサージや森林浴みたいな、比較的外部からの刺激が強いもので疲れを取ろうとしているけれど、どうやらそうではないらしく、何やら別の方法を選択しなくてはいけないみたい。身体は健やかそのものだと思っているし感じていて、もう動かないというような運動をした後も疲れていない。何が何やらと思いつつ、やっぱり、何をしているんだろうなと思う。
本を読みながら、煙草を口から離さずに吸っていると、感覚よりも深く吸っているようで、立ち眩みと同じような気持ち悪さと気持ち良さがある。
それで思い出したので書く、貧血ではないらしいが酷い立ち眩みが一日何度も訪れる。原因は多分それのみで、それというのは、座ったり寝転がったりしている状態からほとんど間もなく歩き始めることで、むしろ多くの人はその間を本当に作っているのかなという疑問で、多分それのみというので、結局は多分、そんなふうに動くから、壁や床に頭を打ちつけるタイプの立ち眩みに見舞われるのだと思っている。そのときの感覚は、他ではあまり得られず、なんとなく楽しい。視界が真っ暗になったり、普通に見えたり、かなりブレて見えたり、感覚と現象が合っていて面白い。感覚と現象が合っていることが面白さに繋がるのかどうか、感覚と現象が合っていて面白いと書いてから考え直してみたが、分からず、多分、だから面白い。
いつか壁や床が柔らかい家を建てて、寝起きやリラックスして座り込んだ状態から走り出してみたい。きっと想像を絶するだろうそのときの感覚の一端を感じて、楽しみで、やはり面白い。
他ではあまり得られずの、あまり得られないけれど得られる他というのは、絵を見ることで、絵を見ているとたまに立ち眩みに似たようなものを感じる。それがどういう絵でどういう場所でというのは分からないけれど、時たまそうなる。最近あったのは、軽めが西村画廊での舟越桂さんのドローイングと鴨居玲さんの絵、重めが清春美術村の舟越桂さんのドローイングで、ここ数年舟越桂さんが気になっている。
彫刻を見たこともあるのだけど、それでは眩まず、二枚のドローイングでは眩んだ。どちらのドローイングも描かれた部分が浮き上がってくるように見えていた。ように思う。
美術館やギャラリーへ行くのが苦しいことが多い。俺は人の描いた絵やつくったものを見て一体何をしているのか、と思い始めるからで、何をしてる何をしてない、何をする何をしないなど、本当は関係ないのに、何か学び取ろうと、それも当然良いことなんだけど、学ばなくては、と思い詰めて苦しくなっていく。絵や何かを見ていて、気持ちが良くなって、ぽーんと突き抜けるような感じを受けることもあれど、大体息苦しい。だから、なるべく、一瞥してくっとこないものはどんどん通り過ぎて、気になるものの前でうろちょろすることにした。一番気持ちいい位置を探してじっと見ることにした。何度も同じ絵に立ち戻ったり、しゃがんで見たりすることにした。
それで少し、気分晴れやかに美術館やギャラリーやらを出られるようになって、尚更のこと、もう少しそういった文化的なものが揃った場所の近くに住みたいと考えるようになっていっている。
そもそも大体、直接見て何一つ思わないものの方が少ないようだし、なるべく母数が多いに越したことはない。住んでいる町や、電車に乗って一日のうちにいくつか見ることを考えると、一つか二つ省いてしまえば、もう何もないというような場所で悲しい。
夕方からベランダでぼんやりするのに羽織るものが必要な気温になってきた。本当に気持ちがいい。飲み物に迷う。コーヒーメーカーで淹れるコーヒーは既に挽かれた豆を使うからか、ぬるくなって冷めてからも美味しいものはほぼない。かといって、豆を挽いてコーヒーメーカーで作るのは勿体無く、ドリップするのも近頃は面倒で、紅茶も好きではなく、じゃあ何を飲めばいいのだろう。やっぱり水か。