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 もっともっと、言葉を軽く、繰り返し繰り返し使いたい、そうすれば、視界がひらけるような、もっと遠くまで見えるような、見えれば手立てが分かるような、遠くまで分かるような、分かれば足掛かりが見えるような、もっともっと、聞き飽きた言葉や使い慣れた言葉を、それらの緊張を、それらを縛る我々の、強張りをほぐすような、そうやって、我々の中身をすっかり入れ替えて、あるものからは奪い、あるものには与え、還元するように、本来などなくて、現在進行形そのものの我々の、隔たりを透過、あるいは瓦解、ここは言葉を誤用していい場所。

 来月書くことになるだろうものをメモに残して、本屋をうろうろしていると「羊皮紙」という単語が目の中にめり込んできたので、きっと出てくるんだろう。
 出てこないかもしれないけど、そんなことはどうでもいい、出るかも出るかもと思っている今が良ければそれでいい、というか未来や過去について考えて楽しい気分になれることは珍しいため、だから、今から見渡したどこかを楽しそうだと思える今というのが良い。

 誕生日に死んだ人と生まれていた人の本を読んでみるのもいいかもーと思って調べる。
 去年くらいから気になって、見かけるたびにじゃらっと立ち読みというか、立ち見してた本の作者、詩人の山尾三省さんが誕生日である8月28日に亡くなっていた模様。
 何一つ、本当になーんにも関係ないのに、詩を読みたいと思い続けているタイミングで、誕生日うんちゃらと思い立って、そこへ繋がったことで、昂り、たかぶり、高ぶり、タカブリ、といったところ。
 というわけで再来月かその次の月は、8月28日生まれのゲーテと、8月28日没の山尾三省を読んでみよう。わっ!!早稲田中退してる!やったー!すべて繋がってるー!
 まじ俺、早稲田卒業するか中退すりゃ良かったな、と意味不明なことを思う。

 元気いっぱい!って感じの日が続いてて、そうすると書きたい書きたい書きたい、と思い、でも何を?でも何を?一体何を?と思い、それでも書く、と、いつまでもどうでもいいことを書いてしまう。
 元気いっぱい!っていうのは実際のところ、あまり体によくないだろうな、きっと、火事場の馬鹿力的な、もちろんそれより弱い、的な負荷がかかっているような、そんな思いがふらふらとあるし、どうせまた肩とか背中とか痛くなって、そんで、それから、そうして、あれはどういった状態か、今の真反対とは思えないのは何故か、俺の体が一つだからだろうがよ、本当に?、そうだとして、真反対ではないと思うのは、発現する点みたいなところが一緒だってことか、そうだとして、真反対ではないことの説明にはなっていない、どれくらい近い?、結構近い、その表面の文様と言うのか、細かな溝や凹凸、それがあることは分かる、それくらいの距離、それで?、それが遠のいていくような、どうやって?、走って?、歩いてる、ちらちらこっちを見てる、何か言ってる?、言ってる、何て言ってる?、聞こえない、何か訊ねているような、その割には小さくて、どうして訊ねているような気がする?、言葉尻の、その音、目の動かせ方、それが、何か訊ねてるような。

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