2020.8/14-18

2020.8/14 中条グランドホテル
 宿に帰る。電車内の眠気が極みで、宿に着く頃には霧散していた。

 そのため自転車を借りてうろうろ。次第に中高生の頃の自転車狂に重なっていき更にうろうろ。コンビニ寄りつつツルハ寄りつつうろうろ。

 柔らかい木のように硬い、とか字面で相反するものがあると高まる、詩とか短歌とかエッセイとか、比較的短い文章の中でそういうのがあると尚良い。

 このような生活を送っているのは、ろくに勉学に励まず、というかその重要さに当時気が付かず、というかそういったものを吸収していく術や応用する感覚を掴まず、そうして何にしても才能を持たず、そんなものは関係ないと思いつつも好きな分量をし続けるだけでそれ以上の努力を怠り、そして大きな二つの流れどちらにも進めないからで、俺だけが悪い、以上!、気張っとけ!

 人中深めの鼻と目が特徴的な唇の薄い黒子の多い人になりたいっす、無理っす、来世は遊女に確定しているため、その先のどっかでそうなっていて欲しい限り。

 久々にゼロじゃないペプシ、うますぎ、ガラナも飲みてーよー。

 ぬいぐるみたちの命は、草木と岩の間に位置します。

 生まれて初めて湿原を歩いた。二メートルないくらいのウッドデッキがぐるっと繋がっていて、その上を歩いた。
 木もなく草が繁茂しているために姿を確認できないし飛んでもいない鳥の鳴き声が、今まで聞いたことのない声が、頭の少し上の空間からずっと響いていて、涼しい風の中、あまりの気持ち良さに泣いてしまった。
 ガスが流れてきていて、それもまた湿原に合っている気がして、ビギナーである俺には嬉しい。
 金沢峠からはガスのためにほとんど見渡せず。

 数年ぶりの新潟、初胎内市、自転車を借りてうろつく。

 看板猫がいるとのカフェはお盆休み。ちょうどいなくなる日に開く、残念残念。
 ぼろそうなTSUTAYAを発見し、村田紗耶香『授乳』、内田英治『ミッドナイトスワン』、駄菓子大量、レジへ行くと財布がない。
 落とした記憶はないが、落としている以外ないほど持ってきた記憶がある、が、ホテルへ急ぎ、あり、急ぎ。

 ガチャで新たな仲間。嬉しいねー。

 小さな頃から草彅剛さんが好きだから、映画を観るために買ったとはいえどうか、『授乳』もジャケ買いだけどどうか。『殺人出産』もジャケ買いたかったけどどうか。

 電気グルーヴ『マイアミ天国』を聴きつつ店を回り、忘れた頃に「終わらなーい」と聞こえてきて吹き出してしまった。「いただかなーい」あたりから我慢できていなかったかもしれない。

 戻ってきても部屋は極暑のまま。
 どの部屋もそうなら仕方がないけれど、このままでは倒れそうなのでフロントへ。
 二つ隣の部屋へ移動。少し涼しい。建物自体が古いから仕方ないのかな。寝ていただくのはこちらの部屋で、初めの部屋は荷物置きにでも使ってくださいとのこと。え?、すご。

 荷物を移動させて鍵を返してからコンビニ、ドラッグトップス、ドラッグストアは見つけると入ってしまうなー。

2020.8/15 中条グランドホテル
 サラダチキン等の夕食を終え、本読んだり読まなかったりして眠る。

 非常に普通な朝食バイキング、これでいい!

 互いに永久に生きないため、生き物は飼えない。よく見ていた、というだけでこれほど悲しい気持ちになる、命の価値は等しくとも、その命が自身に及ぼす影響力は等しくないから、飼っていた、というか、一緒にいた、ごはんをあげたり、食べているところを見られたり、散歩に出たり、何かに向かって共に向かってみたり、一緒に寝たり寝なかったり、遠いところからどうしているだろうかと案じたり、もしかすると案じられたり、そのほか、人と同じように睦み合った後、いなくなった後、一体なにをどうすればいいのか。

 デイリーヤマザキでBSポッピンコットンキャンディを買い、悲しみを遠ざける。

 自転車を借りてTSUTAYA。
 駄菓子とガチャ。また新たな仲間。
 ソフトキャンディを食べすぎて胸焼け。

 夏らしい暑さのなか『遙か彼方』聴きつつ、好きじゃないタイプの田舎町を走っていると、逃げなきゃ!、抜け出さなきゃ!、とかなり強く思う、ここで生まれて育って、もやもやもきもきしている、していた気がしてくる。よくない。

 なんとなくでブックオフ、古川日出男『gift』『LOVE』、保坂和志『猫に時間の流れる』、330円、安い、ごめんなさい。

 結構品揃えも良く、早々に退散、危ない危ない。

 荷物を置いて、本読みがてら喫茶店でも行くかー、と、盆休み、盆休み、盆休み。

 ウオロクというスーパーでどら焼きを買って帰る。

2020.8/16 中条グランドホテル
 お菓子やらもたらふく食べて早くに眠る。

 昨日に続き今日も曇天、雨。頭と体がぼんやりしている。ずっと晴れていたからか、少しの変化でやられる。

 と書いて数時間後、がつ晴れ!、暑すぎて死を予感させるけれどありがとう!

 フロントの方がみな丁寧で柔らかい印象があり、ホテルに対しても良い思い出が残りつつある。

 このレベルの宿に泊まる人間の割に細かい方だろうから、宿側に悪いところはないのかもしれないけれど、それは「ホテル」、「旅館」ってものとしておかしくね?と思ってしまう部分が多い。
 結局のところ、ある程度のお金を出すとそういったこともほとんどなくなるから気にしないでおこう。

 夜食を食べる目と虫を殺す目は同じ。

 久々に『志-kokorozashi-』を聴き、当時その良さを分かった気になっていたことが分かった、とんでもない、全然いまだに分かっていない。
 こういうのがあるから、一時期好きだったものを思い出してもう一度過ぎていくのは欠かせない。
 背中を押してもらえる、とかでなくて、先導してもらえているような、先導というか、先にいる誰かの、その辺りを垣間見て視界が開けるというか。

2020.8/17 コンフォートイン新潟亀田
 毎日、日を跨ぐ前に眠れている。とてつもなく素晴らしい。

 暑さの良い点の一つとして、簡単に疲れ果てるというのがあるが、ほとんど軽度の熱中症じゃないだろうかとも思う。早く冬にー。

 そしてやっぱり、毎日、毎日毎日力を尽くすというのは本当に難しいことなんだ、ほぼ無理だよな、と実感し続ける。
 これはもちろん質を無視した方向で、それを無視さえできれば大抵のことは半日以上できるし丸一日もできる、それで寝るかー、と思った段階で、実際まだ力は残っていて、毎日底を尽きるまで何かにのめり込むことは、特別に疲れやすい人以外にはかなり高難易度な気がする。
 質を維持する、向上させようとすると、もっと別の力を使う気がするし、それは上手くいけば無限に近くあるかいつ無くなるか分からない朧げなものなような。

 楽しいことだけで力尽きて寝たいね。

 それは友達と駄弁るとか、美味しいものを食べ歩くとか、観光名所を歩いて巡るとか、映画館や美術館をはしごするとか、そういうのでなくて、そういうのは回復装置として。

 今日から新潟駅前の街にほど近い、が、数年前に訪れた際の何にもなさから出るか迷う。散歩するには広い金沢って感じがして良かったけれど暑いからな。とにかく、人間も外へ出る気温じゃなくね?って暑さ。

 少し歩いてイオンシネマで『ゲド戦記』を観るか。
 公開当初とDVDが出てすぐくらいの二回しか観てないけれど、良い記憶が残っていて、数年前から知った、作品に対するあまりよろしくない評価に違和感がある。原作とあんまりにも違うんだっけ?気になる。

 そんで、限界じゃないんだけど、それと錯覚するほどふらふらな時、様々なことを恨み始めるので、どちらかと言えばマイナスなことは考えるのが楽なことなんだと体感した。高熱とか怪我したときもそうだけど。もっときりきりしてた。
 なるだけそっちじゃない方面、どちらかと言えばプラスなことを考えて疲れよー。
 ムード的なことで、そっちが合っているから進みやすいというのもあるだろうが、楽しいことを考えてみると映像が浮かんだり色や音を感じるが、そうじゃないことを考えてみるとほとんど言葉だけが出てくる。
 色んな機能を使うか使わないかで疲れやすさが違うのかも。楽しいことってか興味深いことか。事故に遭うかもしれないってのも楽しいことではないけれど、そっち方面に属する。

 道の駅発祥の地豊栄とかいうところに寄る。

 アピタのマックでハッシュドポテトが挟まったバーガーを食べる。
 ナンが大きいタイプのカレー屋で出てくるサラダのドレッシングの味がする。美味い。

 近くのデイリーヤマザキへ。期待していたBSポッピンコットンキャンディを発見!、店先で煙草吸いつつ食べる、こういうケミカル味は何歳まで好きなんだろう、俺の場合。

 早めに出て歩く。ひっさびさに玉置浩二『次男坊』を聴きつつ、なんつー素朴さの素晴らしい歌詞なんだろーか。「裏のじいちゃん」とか「煮しめ」とか、アルバム『JUNK LAND』とは違った融通無碍な気配で、それでいてどっかもう見えないところにいるわけじゃないからぐんぐん入り込んでくる。

 旅先の小さなイオンは結構好きなのだけど、モールくらいになると、どっか一つと旗艦店以外行く必要がないことに気付く。見ていて面白いものは建物の形状の差くらいか。
 今回のいいことは、『SUSURUのミッドナイトTV』のもう何回観たか分からないシリーズの、やはり何回観たか分からない仙台編に出てくる喜久水庵の「喜久福」を買えたこと。ほうじ茶と生クリーム。味は意外と普通だった。

 本を三冊持って来て、コメダに入ってケーキとコーヒーと読み、二冊目に手に取った本を集中して読む。
 これから映画かよ。

2020.8/18 コンフォートイン新潟亀田
 所々の風景に幼い頃に見た実際の風景の記憶が揺すられる、その感覚がおもしろかった。ハイタカとテルーとクモの声は凄まじさに笑ってしまいそうになるほど。
 原作読んでみたくてしょうがない。

 すき家で盛り盛り食べて戻る。

 朝食をすっぽかして起床。新潟まで出るか迷うな。

 何話か『NARUTO』を観、亀田駅まで歩く。長い。暑い。
 途中のスーパーで水を買い、歩く。

 行きと帰りの、今生で二回しか使わない駅。
 片道200円。本読みつつ数分。

 通学の影響からまだ抜け出せず、電車で移動中の十数分や歩いてる最中でこそ本が読める。ここ数年ずっとそうだったが、やっとしっかり認めた。

 萬代橋あたりまで歩き、店々をまわる、懐かしいスタバを見て、前回は一体どうやってこの辺りまで来たんだっけ、ザックを背負っていたような気がするが、ここから更に先の美術館まで歩いていったんだっけ、帰りはバスに乗った?、土砂降りだったような。
 靴に包まれた部分が痺れているような、体がぬたっと重たいような。

 熱中症的なもんかとドトールに逃げ込むが、カフェインを摂りたくないためにルイボス、ていうか朝食べてないから気持ち悪いのか。

 紀伊國屋書店へ戻り『ゲド戦記』の一巻を買って駅へ向かう。

 美味いかと思いきや普通なラーメンを食べ、すぐ近くの喫茶店へ。

 それから、異様な眠気に襲われる。
 これから、亀田まで乗って歩くのかと考えると、一体こんなところで何をしているのかと思い始める。
 が、それは、本を読んでいる、それで。
 年配の方の会話。訛りなのか、その人の特性なのか、勝気な、というか、イメージする田舎のおっちゃんという感じで、風も入ってこないぬるい喫茶店の中で涼しげな空気がある。
 頭の中心の方が小さくなって、重たい。首をどちらかに傾けると、少し遅れてごとっと中心体のそれが壁面に当たり、角度がさらにきつくなり、首筋が伸びる。
 ここへ入る前は、紀伊國屋で本を買った直後くらいは、ホテルまでの6キロほどを歩こうかと馬鹿なことを考えていて、それは名案に近い形で浮かんでいて、それを纏って入店したのだった。
 しかし、当然、それは馬鹿なことで、何の影もない6キロの道を、何の影もない片側二車線か三車線ある道路の横の、何の影もない6キロの道を歩くのは比較的緩やかな自殺であり、名案からはほど遠かった。
 目の前の机の上にあるチョコはきっと手をつけられないだろう。甘いものもこってりしたものも、コーヒーのような苦くて温かいものも、だから今そこにあるホットのブレンドも、その横の氷の溶けた水も、その隣の生クリームも、だから、煙草も、何もいらない。
 いつまでも冷えた酸っぱい炭酸だけが今必要とされてる。
 そして私は、ここまで何をしに来たのだったか。待ち合わせ。電車の待ち時間を、少し離れたここで過ごそうとしたのだったか。
 ゼミの先輩を待っていたのだったか。就職先が新潟だったのか。私はだから、彼の近況を聞きに、私の近況を伝えに、そうして晩ご飯が何かを一緒しようと思い来たのだったか。
 誰かを待っている気がしている間は、誰かを待っている証拠、メールやLINEやそれに類するやり取り、そういったものが何一つ見当たらなくとも、この店を出ることはできない。
 仮に、誰かを待っていたとして、私が待たれていたとして、遅れる等々の連絡を取れない状況で私がなんとか店にたどり着いたとき、彼、なり、彼女、なりがいなかったとして、それはどれくらい堪えるか。
 だから私は今、誰かを待っている気がしている間だけ、ここに留まる必要がある。
 それ以外ここから離れる理由はないが、たまらなく抜け出したい、私は誰も待っていなかったか、分からないが、確かなやり取りはない。
 待っていなくていいのだったか。弟や妹はいたのだったか。それらはいるはずだったか。私は、私ではない状態で待ち望まれたので、それから、様子を窺うようにして、私になっていた、のだったか、そうだったか。
 いつからここで待っていたのか。噂話に流れた色んな時間の流れに酔う。今すぐここを出なくてはいけない。立ち上がって、ご馳走様でした、と言って、それからお金を払って、出、駅まで歩いて、切符を買わなくてはいけない、間違えずに電車に乗り込み、長い一本道を歩かなくてはいけない。

 それでもう一時間以上、椎名林檎『メロウ』だけを聴いている。容易に死人の出る暑い日に、こんなに合うなんて。
 こういうとき、ずっとそれだけを聴き続けるようなとき、今体内で渦巻いている何かが、聴いている音楽として、耳から出ていっている気がするよね。

 それにしてもどの宿もGo Toで安くてびっくりする、大丈夫なのかな。

PAGE TOP