二月終わり、2/25から新しく小説を書き始めて5日間で13600字、2720字ペース、まだペースが掴めていない気がする。出来る限りどんなものも4000字ずつ進めたいし、4000字を超えないと書いた実感がより一層ない。
絵は154枚になった、3.3枚ペースが保たれている。数日前まで6枚ペースで描いていたけれど、そうすると100枚が二週間ちょっとで無くなり、それは餓死へ繋がるので、6枚描くつもりで3枚だけ描くことにした。
本当に、自分が撒きに撒いた種だけど、一斉に芽吹きすぎて「再来月の今頃、俺は餓死へ到達しているだろう」って感じで、焦りから日々の昂りが凄まじい。
いや、まだしたいこと山ほどあるっす笑って感じで生きていたいけれど、それでもやっぱり、死ぬこと以外の答えが出ない日もあって、もう本当にいい加減どうにかして欲しい。
絵を3枚描くと山這いずり一つ分くらいの「ふぅー」って疲れがあり、6枚を超えると山這いずり後の気の高揚がある。
とにかく、望んだ死以外の死に陥らないように、何とかちびちび生きなければいけない。
13000字の塊は、今までの自分が書いた小説とはかなり違っていて、これは一体なんだろう、と思いながらも非常におもしろい、書かれたものも書き方も変わっているし、これから書けば書くほど別の場所へ行けるのかと考えると踊り出したくなるほど嬉しい。
バンドは、俺いましたいことできてるー!って感じだけど、絵と小説は何の結果も出ていないのに、習慣化したからか、すべきことをできている、という感じがする。考えたいように考えて、どん詰まりに気付いてから新しい方法で考えればいい。
ここ最近、絵と絵の値段のことばかり考えていて、A2サイズの絵は生活の延長にある最大のような、それ以上は生活からは少し離れた位置にあってどれだけ大きくなろうともそうである感じがする、以下は全く別の意味で離れている、だからA2の絵は何者であれどこであれ、その絵に必要な最低限の値段にするべきだろう、と考え始め、じゃあそれって?、で、加藤泉さんの絵の、そのキャンバスの外側に広がるキャンバスの中の空間と中心からかなり奥まで伸びる穴の如き奥行きのことを考えて、奈良美智さんの人物の浮き出方とキャンバスの外にじんわりほのかにでもくっきり広がる狭めの空間と背景から伸びる奥行きのことを考えて、画材を売りにしているような絵の類似性、アカデミックな素養のもと少しずつはっきり似ていく絵、見た途端別の誰かの名前が浮かんでくる絵、のことを考え、一枚の絵に必要なものってなんだ、餓死しない程度の生活、映画、本、音楽、散歩、あらゆる旅、会話、一人でいる時間、月二回くらいのまともな食べ物、上質なコーヒー、緩やかで呆れるほどの煙草、漫画、画集、インタビュー記事の語り口、文体、編集、連なり、風景、波の音、焚き火、山と街、信頼できる本屋、友人、歳上の同性、同時に行う習慣、映画館、踊り泣きする曲、食べ続けられる腹の膨れるもの、遊泳、睡眠不足と規則正しい生活、たまに会う友人、音楽をつくること、煙草を巻くこと、暗闇、暖かい服、寒気、乾いた地面、鳥の声、小さな生き物、ベランダ、夕陽を遮るもの、サプリメント、無闇矢鱈な歩行、辞書、様々な楽器、入れ替わる本棚、写真、石鹸、耳栓、革のベルト、堅牢な記憶、夢の真ん中、質感、深呼吸、荒れた波、名前の分からない樹木、会ったことのない異性、もういなくなった死んだ人、柔らかい布団、何が必要か全然分からないけれど、何か、とにかく。