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 三部立てにして各十章にしよう、と書き始めたのが一部終わって、三日間放っておく、その間にTwitterでメッセージをもらって、その人の小説を読んだ。
 それで、やっぱりというか、もう俺は本当に、というか、映画やドラマなら俳優の演技、小説や短歌や詩では文体とリズム、音楽なら声とメロディ、絵なら色彩とフォルム、そういった部分を重要視し過ぎているな、と改めて思い、全部一緒じゃね、って感じ。
 で、まだどう書いていいか分からないまま書き続けている、音楽が決まっていないからかもしれないし、2000字と4000字を行ったり来たりしてるせいかもしれない、本はサマセット・モームの『月と六ペンス』、トルーマン・カポーティの『冷血』が急に出てきた、ヘミングウェイの短編、とも出てきたので『われらの時代 男だけの世界』にして、「まだ足りないか、これにしよー」で『フランシス・ベイコン・インタヴュー』とジョルジュ・バタイユ『エロティシズム』、計五冊が今回の燃料の一部となった。
 どんっとぶつかるとそれらの本をぱらぱらぱらぱらーって流し読みする、それで次の一行、一章、が書かれる、とにかくそういった、全く教えられていないのに自然に働く身体の機能が、その感触がおもしろい。
 二部は時間だけ決めて何字でもいいことにしようかな、と今思い付いたのでそうしてみよう。がちゃがちゃごちゃごちゃしたのが書きたい。

 音楽が決まらないのは、書き始める前から、最近聴きたい曲が見つけられないな、と感じていたことからの延長にあるように思える、今の気分が分からないし、気分が分からないなりに聴こうという元気がない。人と話したいけれど話したいことはない。
 晴れの日と雨の日が短い間隔で繰り返されているからか、気分がふらふらして疲れる、でもそれはサプリメントと削り削られた食事のせいかもしれない、が食べたいものや食べた方が良さそうなものが分からない。健康的な食事を全てデリバリーでまかなえれば言うことないのに、マックと油弁当とピザしかない。
 人と話していると、よくそんな子供の頃のこと覚えてるなー、と思うことが多い。写真を見て思い出したことは、後日写真がない状態で思い出してみると、写真を見たからある気がしてるだけで、本当にあったのかな、と思い始めて、写真が残ってるからあったんだけど、失神したときの感覚に近い違和感がある。
 失神するとき、直前まで「やばい、倒れる、しっかり、壁、この、この壁に、捕まって」みたいなことを考えながら、体が大きく揺れるのを防ごうとして何かを掴んでいるんだけど、気が付いたら倒れていて、どこまでつもりで、どこから記憶がないのか、どっかから夢みたいなものなのか、失神と睡眠は近いのか、何の話だったか、写真を見て後日思いだす情景は、失神に至る最中の頭の中に似ている。

 コーヒーメーカー用の適当なコーヒーの粉は、買ってしばらくすると頭の働きを鈍くすると気付いたけれど、それと一緒に食べた甘いおやつのせいかもしれない、煙草は具合悪くなるまで吸わなければ、鋭くも鈍くもしない気がする。

 

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